2017年3月21日 (火)

本の紹介「知のトップランナー149人の美しいセオリー」

 先日、久しぶりに本屋さんへ行ってぶらっとしたら、「知のトップランナー149人の美しいセオリー」という本が気になった。

 なんでも、「Edge(エッジ)」という、知識人などが集まるウェブサイトで毎年恒例になっている「annual question」というのがあるそうで、この本は、2012年のannual question

「WHAT IS YOUR FAVORITE DEEP, ELEGANT, OR BEAUTIFUL EXPLANATION?」
(あなたのお気に入りの,深遠で,エレガントで、美しい説明は何ですか?)

に対する様々な人たちの回答文を集めた本らしい。

 もう少し読んでみると、ここに集まっているのは、進化生物学、遺伝学、コンピュータ科学、宇宙科学、物理学など、いわゆる理系の知識人がメインで、他に心理学、人間行動、言語、哲学などの人も含まれている。

 そんなこともあるので、内容というか、質問に対する回答は「理系っぽい考え方をしている人たちは、何を考えているのか」ということが何となくわかる感じの雰囲気になっている。例えば、本の一番最初に登場する人の回答。この回答の最初は「もちろん、それはダーウィンであるべきだ」という文章から始まる。

 「深遠で、エレガントで、美しい説明」と聞いて、直ちに「ダーウィン」という名前を思い浮かべる人が一体どの程度いるのか、私にはわからないが、それを「もちろん、、、」と言い切ってしまう感じが「理系っぽいかな、、、」などと思わせる。また、その回答を一番最初に持ってくる、この本の構成も何となく気になる。

 ということで、今回は最初の部分だけだが、気になった本を一つ紹介してみた。149人もの回答が載っているし、なんだか、ブログのネタになりそうな話がたくさんありそうなので、またしばらくこの本からネタを探そうかな、と思ってる。

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2017年1月20日 (金)

本の紹介:数学まちがい大全集

 今回は本の紹介にしようかと思う。時間があるときに大きな本屋へ行ってブラッと本を眺めていたときに見つけた「数学まちがい大全集」という本。

 基本的には中学高校数学のレベルの中で間違えやすいポイントなどについて書かれた本だが、試験でのケアレスミスとかではなく、証明・論証などの中での間違いが多い。まあ、頭がいい人でもおかしそうな間違い、というのがコンセプトのようだ。

 そんな本の中で、個人的に気になったのが、最初の「はじめに」や、第1章など、合間にちょこっと書かれている、有名な数学者の間違いの話。

 例えば、ブログで2016年8月3日の「数学に対する世間一般の目」の後半の方で紹介したオイラーのミスの話を紹介したが、この本の52ページにその話が載っていた。

 ただ、単純な思い違い的な間違いの中には、その後の数学の発展に大きく寄与することがある。例えば、フランス貴族でギャンブル好きのシュバリエ・ド・メレの話はその一つ。

 彼は、思い違いによってギャンブルに大損らしいのだが、それが納得できなかったのか、有名な数学者の一人のパスカルに相談をした、という話がこの本の23ページに出てくる。

 これはその後、確率論の基礎となるパスカルとフェルマー間の手紙のやり取り「世界を変えた手紙6年前にブログでも紹介)」のきっかけとなった。

 他には、ポアンカレの三体問題の論文の話がこの本の58ページあたりに書かれている。この論文はカオス理論の系統的研究の最初のものとされているが、実は最初に書かれたものには間違いがあった、という話だ。

 もともと間違った内容で提出された論文が賞をとったりしたらしいのだが、後にミスが指摘されるとポアンカレはミスを修正して「カオス理論」の基礎となる大きな業績を残した、ということのようだ。

 他にもいろんな間違いの話が載っているが、今回はとりあえずこれくらいにしておこう。「ミスを犯さない人間には、何もできない」というのはイギリスの諺だそうだが、こういった話を具体的に見ると、この諺も説得力が出てくる感じだ。

 間違ったという話は、普通は表に出ないことが多いと思うが、面白そうなので、もう少しこの本からネタを探そうかな、と思っている。

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2016年8月28日 (日)

本「ニューヨークタイムズの数学」の感想

 7月中旬から、同じ本からネタを探してブログを書いていたが、あれこれいろいろあって、あっという間に8月も終わりになってしまった。結構いろいろ書いたとは思うが、それでも「ニューヨークタイムズの数学」で掲載されている記事の中で比較的古いものばかり見ていた気がする。

 最近の話題もまだまだたくさんあって、書き出すとキリがないくらいかもしれないが、とりあえずこの本からネタを探すのは夏の間、と決めていたので、この辺りで一区切りをつけておくことにしたい。

 ということで、今回は本全体の感想的なことを書いておこうと思う。ニューヨークタイムズや関連誌に掲載された数学の話題が 110 本あって、一ヶ月以上の間ずっと飽きずに本を見ることができた。

 ずっと思っていたことは、章立てしてある程度まとめてあるとは言っても、書いた人・時期・テーマがそれぞれ異なる記事を整理するのは大変だっただろう、という点だ。

 実際、これを「一つの本」だと思って最初から読み始めてみると、すぐに「なんだかまとまりがない感じだな」と思ってしまうかもしれない。だから、この本は新聞を読む感覚で自分なりに知りたいことや興味のあることに関連する話題を拾おうと思ってパラパラめくってみるといいと思う。

 ただ、例えば「50年以上前に書かれた古い記事」とか「あるキーワードに関連する記事」など、という形で記事を探そうと思ってしまうと、なかなか見つけにくかったするのが難点といえば難点だ。

 まあ、全部で124年間の新聞から記事を110だけピックアップするだけでも大変な作業だし、それを1冊の本としてまとめてくれる人がいたから私もたくさんの古い記事に触れることができた訳だから、贅沢は言えない。

 そんな風に思いながら、あれこれ気になったことを探していく作業自体に、いつの間にかハマってしまった感がある。

 内容に関する感想としては、何度か触れていたと思うが、全体的に「研究者・技術者の視点」で書かれている点が印象深い。どのように取材しているのかわからないが、素人にはよくわからない感じのプロの「視点」も含めて、研究者・技術者の視点をできるだけ忠実に伝えようとしている感じが新聞の読者に受けているのかもしれない。

 また、この本のイントロダクションを読むと、例えば「現代科学の多くの分野は、研究者らの巨大なチームなしには成り立ちませんが、数学者はたいてい一人で研究します。」「一人の明晰な人物が一つの分野を変えることができるのです。」「そして、こうした数学者らの多くは、忘れられないような逸話や、洞察力を持っています。」と書かれていたりして、記者たち自身がこうした数学に関わる個々の研究者や技術者の視点を伝えたいと純粋に思っていた、という気持ちも伝わってくる。

 こういう言い方はあまりよくないかもしれないが、別に数学の「研究者・技術者の視点」を伝える記事をたくさん書いたからといって何か得がある訳でもない気がするし、(数学のネタに限ったことではないが)こうした「純粋に伝えたい」という雰囲気の文章を読むと何となく清々しい気分になるのは私だけだろうか。

 ということで、ずいぶん長く一ヶ月以上も同じ本からのネタで文章を書いたが、8月の終わりでキリもいいので、ひとまずこのあたりで一区切りをつけようと思う。9月からは、またいつもの感じに戻していこう。

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2016年7月14日 (木)

124年前の数学にまつわるニュース

 最近、毎年夏は1ヶ月くらい新規更新をお休みして過去の文章の再掲載をしていたが、今年は少し文章載せようかと思っている。と言っても、あれこれ忙しかったりするので毎回ネタを探すのも大変なので、また3月の時と同じパターンで一つの本から少しずつネタを見つけるスタイルにしようと思う。

 今回取り上げる本は、少し前に本屋に寄った時に見つけた「ニューヨークタイムズの数学」というタイトルで、過去にニューヨークタイムズ紙に掲載された記事やコラムの中で数学に関連する話題のみを集めた本。

 結構分厚い本で、だいたい5000円(4630円+税)と値段は少々高め。ただ、サブタイトルに「数と式にまつわる、110の物語」とあるように、110も独立した文章があって、割り算したら一つの記事・コラムあたり約45円ということで、こんなものかな、という値段かもしれない。

 あと、内容的には新聞などに載っていたものなので、数学と言っても堅苦しい感じはなく、読みやすい。夏休みに中高生や文系の大学生などが読むのにちょうどいい感じがするので、高くて買えないと思った人も図書館とかでもし見つけたら手に取ってみるのもいいかもしれない。

 で、今回はこの本の中からの話題を取り上げる初回ということで、110の話の中で最も古い、今から124年前の1892年5月2日にニューヨークタイムズ紙に掲載された話題「研究としての保険業 - 事業を代数によって計算する人々の重要性(P.106)」にしよう。

 内容はというと、「保険数理士」という数学にまつわる仕事と「保険数理士協会」という組織について書かれていて、「(記事が掲載された日を基準に)先週この都市で行われた保険数理士協会の会合では、生命保険に関するいくつかの興味深い事実が明らかになりました。」という文章で始まっている。

 「この都市=ニューヨーク」だろうか。まあ、そんなことはともかく、「保険数理士」とは、現在では「アクチュアリーActuary)」と横文字で呼ばれている職業で、Wikipediaには「ビジネスにおける将来のリスクや不確実性の分析、評価等を専門とする専門職」と書かれていた。

 また、「アクチュアリーが活躍する伝統的分野は、生命保険、損害保険、年金の三分野」と言われているそうで、そういう意味で「保険数理士」という訳は的を射ている感じだ。

 発祥はイギリスで、124年前の記事が載った当時はアメリカと比べてヨーロッパ諸国の方が進んでいたからか、イギリスの事情が少し詳しく書かれているのが他の記事と趣が異なるところだろうか。

 ということで、簡単だが今回はこれくらいにしておこう。124年前のこの記事は、数学にまつわる仕事の話だったが、特に数学のことはほとんど書かれていなかった。また、この本の中で19世紀の記事はこれ一つだけだったので、この当時の一般の人は数学にはほとんど関心がなかったのかもしれない。

 今回は簡単に記事の一つの内容を紹介するだけになったが、次回以降、約1ヶ月くらいはこの本の中からネタを見つけて行こうと思う。

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2016年3月 1日 (火)

本の紹介:数学の国のミステリー

 今回は、久しぶりに本の紹介にしたい。この前何となく大型書店に行った時に手にとって買ってみた「数字の国のミステリー」という本。

 日本語訳の単行本は数年前に出版されたようだが最近文庫版が出たもので、2000年に「ミレニアム懸賞問題(millennium prize problems)」と呼ばれる、100万ドルの懸賞がかけられた難問のうち

リーマン予想
ポアンカレ予想
NP完全問題
バーチ・スウィナートン=ダイヤー予想
ナヴィエ・ストークス方程式

が紹介されている。

 難問を紹介すると言っても、一般の人向けの本なので、難しい話はそれほどなく、例えば最初の章の「リーマン予想」の話では、サッカーの有名選手の背番号には素数が多い、という話から始まって、素数蝉やメルセンヌ素数のような、このブログでも取り上げたことがあるような話なども交えながら「素数の散らばり具合」に関するイメージを伝えて、最後にちょっとだけ難問の「リーマン予想」を紹介して章を終わる、という感じになっている。

 章ごとに一つの問題を独立に紹介していて、それぞれの章どれをとっても読み応えがあるので(例えば、第1章は素数の話だけで62ページ分)、自分の気になる問題の章だけでもじっくり読めば各分野の話題をいろいろ知ることができる。

 また、話題も豊富なので、自分がもし数学がよくわからない人に何か説明することになった時に使えそうなネタがたくさんある感じなのもいい。

 そんなこともあって、何だか今回1回で紹介を終わりにするのももったいない気がしてきた。別に全部紹介する必要はないのだが、私自身ミレニアム懸賞問題についてよく知らないことが多いので、自分の勉強を兼ねて、今月はこの本の各章の紹介をすることにしようかな、とちょっと思っている。

 まあ、ブログではずっとニュースとかのネタが多かったが、たまにはパターンを変えてみるのもいいだろう。

 ということで、今回はここまでにしたいと思うが、次回以降、少しずつこの本に沿ってミレニアム懸賞問題についてブログに書いていこうと思う。

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2015年10月 8日 (木)

環境改善に貢献する計測器

 また今年も、複数の日本人がノーベル賞を受賞し、科学・技術界の日本のレベルの高さが世界に報道されている。今回は、その報道と比べると小さなニュースだが、やはり日本のレベルの高さが現れた報道を一つ紹介したいと思う。

 先週の10月2日、ブルームバーグ(bloomberg)という経済系のニュースサイトに「世界揺るがしたVW排ガス不正、見抜いたのは堀場製作所の小型測定器」という記事が載ったのを見つけた。

 VWとは、ドイツのフォルクスワーゲン社。前月、ディーゼルエンジンのコンピュータの不正ソフトウェアを使って排気ガス規制を逃れていた不正が発覚し、大問題になっているが、この記事には「不正を見つける過程で使われた機材は、京都市に本社がある計測器メーカー、堀場製作所のポータブル測定器だった」と書かれていた。

 記事を引用しながら簡単に説明すると、「自動車の排ガス測定では、伝統的に屋内で使用する据え置き型の計測器を使用してきた」のに対し「実走行に近い排ガス測定を」ということで利用されたのが「堀場製作所のポータブル測定器」ということらしい。

 堀場製作所のホームページを見ると、2014年5月15日に発表された「世界最小の車載型排ガス測定装置を開発」というページがあった。

 この会社は1945年創業で、現在は「自動車排ガス測定器の分野で現在は7割以上の世界シェア」を誇っているが、さらに機器の小型化にも成功し、今回のように実際に計測器を車に載せて走行中の排ガスの量調査にも貢献しているようだ。

 ということで、今回は日本の科学・技術のレベルの高さを示すニュースを一つ紹介してみた。

 ちなみに、この会社の社是は「おもしろおかしく」。何と、創業者がこの社是をタイトルにした本「おもしろおかしく」も出版していた。

 紹介した記事に最後の方に、今回の報道を受けて開発者が「誇らしく思ったというより重責を担っている」「測定する数値に関しては責任がある」と感じた、とのコメントが書かれていたが、「おもしろおかしく」と言いながら、やるべきことはしっかりやる、という部分が、こういった排ガス測定器の開発にも活かされているのだろう。今後の環境改善の貢献に期待したいと思う。

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2015年8月19日 (水)

(再掲載その22)本の紹介「不可能へのあこがれ」

********2014年3月8日掲載********

 私としては、いろいろと仕事が忙しい時期になってきているのだが、その一方で学生達は試験も終わって春休み、という時期だと思う。

 そんな時期に、専門書とまではいかなくとも中身が濃い数学の本を読むのも悪くないかな、とことも考えて、今回はそんな本を一つ紹介してみようと思う。

 最近、翻訳された「不可能へのあこがれ ―数学の驚くべき真実―」とう本。

 紹介する前に書いてしまうと、実はこの本、以前私もお手伝いした「数学公式ハンドブックポケット版)」を翻訳した柳谷晃先生と内田雅克先生が訳した数学の話の本である。

 内容は、序文の最初に書かれている「不可能を受け入れる」という言葉の通り、数学の発展の歴史の中で「不可能」と言われているものを如何にして数学に取り込んできたか、という話がメインになっている。

 わかりやすい例で言えば、例えば「無理数」のような自然数の比(分数)で表せない数を「(正の)数=数直線の長さ」と認識する、なんていうのが挙げられるだろうか。ただ、この本はそんな程度の話では終わらない。

 そんなこともあって、数学を本格的に勉強したことがない人にとっては少々難しく感じるかもしれないが、専門書ではないので、本格的な数学の話をちょっと覗いてたいと思っている人には比較的読みやすく、いい感じだと思う。

 例えば最初の章「無理数」は、「音律」の話から「自然数の比」「無限小数」「無限に続く計算(アルゴリズム)」「連分数」「方程式を解く」と続いて、章の終わりに改めて「音律」の中に現れる無理数の話、という流れになっていて、最初の章を読むと(無理数の代表例として)「√2という数」をどのように理解するか、という数学の話に触れることができる。

 中学や高校の数学だと「実数=数直線上の点」という捉え方から、無理数を含む正の数を「線分の長さ」という幾何的なものとして考えることが多いかもしれないが、さらに進んで数学の内容を知ろうと思ったら、「数」を(加えて「直線」も)「計算」を通して理解することが必要になってくると思う。

 本の話に戻ると、この無理数の話に続いて、方程式を解く話から「負の数」「虚数」、その後に「遠近法・水平線」の話から「射影幾何学」という言葉と、「幾何学と代数学の融合」という雰囲気の話が続く。

 さらに「無限小」「曲がった宇宙」「4次元」などなどの「不可能(と思われるもの)を受け入れる」という話が続くが、実はそれらの全ては表紙の絵にもなっている「ペンローズの三角形」という、実現不可能と言われている図形を数学として受け入れるために必要な事柄になっている、という構成が面白い。

 古代の時代にピタゴラス学派が存在を認めなかった「無理数」や、現実にはない数と言われている「虚数」の話自体も「不可能を受け入れる」という話だし、そんな比較的理解しやすい話から始まって、長い道のりを経て最終的に「不可能な図形」として知られる「ペンローズの三角形」へたどり着くという話の流れが、邦題タイトル「不可能へのあこがれ」の雰囲気を出している気がする。

 ということで、今回は春休み読むのにどうだろうか、思う本を一つ紹介した。全体を通して理解するのは難しいかもしれないが、個々に書かれている内容自体は、中学数学+高校数学が少々、という知識で読むことはできるだろう。

 値段が少々高く、ちょっとした小遣いで買う感じの本ではないのだが、それだけの内容はあると思う。文庫や新書本などにある数学っぽいことが書かれた本に飽きたら、こういった本も手に取って損はない気がする。

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2015年8月14日 (金)

(再掲載その21)(本の紹介)その数学が戦略を決める

********2013年2月1日掲載********

 前回、ブログで「統計的な解析による指標」の中で、「その数学が戦略を決める」という本を紹介した。実のところ、私がこの本を読んだのは5年くらい前なのだが、最近文庫版が出たようだ。文庫版が出るということは結構売れている本なのだろうと思うので、今回は簡単にこの本の紹介でもしてみることにした。

 タイトルには「数学」となっているが、中身の方は前回書いたように「統計」にまつわる話がメインである。まあ、「統計」は「数学」の一部だと言えばそうだとは思うが、数学全体に関する話ではない、ということである。

 数学全体にまつわる話の本では、例えば夏頃にブログで紹介したの本(「数学は最善世界の夢を見るか」「不可能、不確定、不完全」)などがあると思うが、これら少々難解な部分があるのは否めないかもしれない。

 一方、今回紹介する本は、統計にまつわることを、様々な話を交えながらわかりやすく話しているうえに、各章の最後に丁寧に「まとめ・ポイント」が2ページ程度に書かれている。このようなものなら、高校生くらいなら普通に読める内容だろうし、中学生でも意欲がある人なら大丈夫だと思う。

 内容は、前半は前回紹介したワインの質の話など、統計的な解析による指標を認めたがらない専門家の反応を交えながら、如何に統計的な解析が優れているか(あるいは専門家が信用できないか)という話を展開している。

 例えば、第4章には医療現場での話が書かれているが、その最初の方に約170年ほど前のゼンメルワイスという人の話が載っている。この本によると、この人は勤めていたウィーンの産院で産褥熱(さんじょくねつ)に関する詳細な統計調査を1840年ごろに完成させている、とある。

 具体的には、調査の結果、「診療所の医師や看護師が患者を診る前に塩素入り石灰水で手を洗えば産褥熱による死亡率が12%から2%に下がる」ということを発見したそうだ。要するに手を消毒してから患者を診察すれば(今で言う)院内感染は防げる、という当たり前とも思えるような結論だが、170年前の医師たちからは猛反発をくらった、と本には書かれている。

 何故反発されたかについては、この本にはそれほど書かれていないが、興味がある人は例えばwikipediaなどに詳しく載っているようなので、そちらを見るといい。この本には、(当時としては)驚異的な発見をしたにもかかわらず主張が受け入れられなかったこの人は、後に神経衰弱になり失意のうちに亡くなった、ということが書かれている。

 「消毒のために手を洗う」ということは今では常識だと思うので、当時の人たちが統計調査の結果を受け入れなかったことに憤慨する人が多いかもしれないが、現在でも似たように(100年以上たったら常識になっているかもしれないことを)単に「数学や統計がよくわからないから」とか「専門家でない人に何がわかる?」などと言いながら取り合わないことも結構多いような気もする。

 こういった本を読むと、どんなことでも何らかの根拠に基づいて得られた結果は(たとえ自分自身が理解できなかったとしても)尊重していく姿勢が如何に重要か、ということを思い知らされる。

 このような話に続いて、本の後半(第6章以降)では、統計的な解析の手法にまつわる話がわかりやすく書かれている。専門書ではないので、この本を読んだだけでは統計的手法の勉強にはならないかもしれないが、何となく「統計をもう少し真剣に勉強してもいいかな」と思わせるように文章が書かれているような気がするのがいい。文庫本は低価格で購入できるし、もしかしたらそのうち古本屋にも出まわるかもしれないので、もし見かけたら、たまにはこういった本を読んでみるのもいいのではないかと思う。

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2015年8月 9日 (日)

(再掲載その20)(本の紹介)不可能、不確定、不完全

********2012年8月1日掲載********

 今回紹介するのは「不可能、不確定、不完全(早川書房)」(2600円+税)というタイトルの本。内容をおおざっぱに言えば数学や科学・論理の限界について述べられている本でである。ただ、こう書いても、「何に対する限界なのか」がよくわからないかもしれない。その話をするために、早速この本の序章と第1章の内容をまずは簡単に説明しよう。

 序章には「修理に出した車はなぜ約束の日にあがってこないのか?」と題して、車の整備工場を例に「車の整備を効率よく済ませるために最適な方法は?」ということを数学的に考えている。また、第1章は「万物の尺度」と題して、無限のものを測る、というテーマの話が書いてある。

 この最初の部分の構成は、視点や内容は全く異なるものの、前回紹介した本の最初の部分(時を測るのため最適な形の振り子の話)と同様に「最適なものは?」「測るとは?」の2点がクローズアップされている。

 前回紹介した本との違いは、前回は近代科学の発展の歴史に沿って「最適なものを得る」「正確に測る」ことを述べていたのに対し、今回紹介する本は、論理的な考え方を中心にして「最適なものは得られない」「正確には測れない」ことについて書いている、と言えばわかりやすいだろうか。

 ということで、今回紹介する本で述べている「限界」とは主に「測ること」「最適なものを得ること」の2点と論理に関するものだと考えていいと思う。

 具体的な内容は、本のタイトルにある単語と対応させて「不可能性定理(第4部)」「不確定性原理(第1部)」「不完全性定理(第2部)」などとなっている。このうち、不確定性原理は計測の限界、不完全性定理は論理の限界に関する話で、結構いろいろなところでとり上げられているテーマだろう。

 また、この本には不可能な作図についての話も書かれているが,ここでとり上げている「不可能性定理」とは、そのことではなく、選挙などの投票に関わる社会科学の話である。具体的には、次の3つの条件
(1) 全員が他の人に影響されず、合理的に投票する
(2) 全員がBよりAの候補者を上位だと考えたら必ずAの方が投票結果で上位になる
(3) 敗者(下位の候補)がいなくなっても投票結果が変わらない
を全て同時にみたすような投票方法は存在しない、という定理である。

 ポイントは最後の条件(3)である。例えば「A、B、C」の3人の選挙でAが1位になるとして、負けたCをのぞく「A、B」の2人で決戦選挙をした場合もAが1位になるか、ということを考えるといい。この条件(3)は、それでもAが1位になる、ということを求めているが、実際にはCを支持する人の多くがAを支持しているとは限らない。(ここでは、単に順位のみを問題にして、例えばCに投票した人の割合などは考慮しないものとする。)

 この点を数学的に考察して証明された結果が「不可能性定理」である。これによると、「全員が他に影響されずに投票するとき、全員がAを上位だと考えている場合を除けば、3人の投票で1位になったAが2人の決選投票でも必ず1位になるような投票方法は存在しない」ということになる。

 また、逆に「AとBの2人で選挙をしたらAが確実に勝つような場合でも、全く勝つ見込みのないCも合わせてA、B、Cの3人で選挙したら、AとBのどちらが勝つかはやってみなければわからない」という話にもなる。

 ちなみに、この点は、前回紹介した本の後半に書かれている「共通善」という項目にも関連している。そこには「個人の利益を最適化することで集団はどうなるのだろうか?」という問いかけをした上で「メンバー全員が合理的だと仮定したとしても、皆が善いと考える共通善を定義することは十分難しい」ということが述べられている。

 今回紹介している本に書かれている「不可能性定理」は、前回紹介した本に書かれている「共通善」の定義の難しさを数学的に表現した定理のひとつで、社会科学の中で「最適なものは何か」という問題を考えることの難しさを示すものだろう。

 以上の話の他にも、この本には「プログラムの停止性問題」「相対論・ひも理論」「量子コンピュータ」「カオス」「エントロピー」など、様々な話題をとり上げている。だから、いっぺんに通して読めなくとも、興味のある部分のみだけでも、結構読み応えがあり勉強になると思う。

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2015年8月 4日 (火)

(再掲載その19)(本の紹介)数学は最善世界の夢を見るか

********2012年7月28日掲載********

 社会人の方は、今は仕事が忙しく休めるのはずっと先になるし、外は梅雨があけたようで夏の厳しい暑さが続き、気分的にめいってしまいがちな今の時期。かといって、ここで何もしないで過ごしていても特にいいことはなさそうな気がする。

 一方、中高生や大学生などは、これから長い夏休みに入る。いろいろと計画を立てている人もいるとは思うが、中には長期休暇の間に何か意味のある勉強をしてみたいと思っている人もいるかもしれない。

 そんなとき、勉強をかねた読書をしてみたらどうだろうか。ということで、久しぶりに数学にまつわる本を今回と次回の2回に分けて紹介してみたい。

 最初に書いておくと、今回と次回に分けて紹介する計2冊の本は、最近よく見かける手軽な算数・数学の読み物に飽きた人が、もう少し読み応えのある(難しい)数学の読み物を読んでみたいと思ったときに適している本なのだが、正直なところ結構高額な上にページ数も300から400ページもある。

 だから、読んでみたいと思った人は、とりあえず図書館などで探して試しに読んでみて、さらに時間をかけて読みたくなったら購入してみる、という感じがいいと思う。

 今回紹介する本は「数学は最善世界の夢を見るか?(みすず書房)」(3600円+税)というタイトルの本で、近代科学の発展の歴史の中で数学がどのように関わってきたのか、といったことが書かれている。ある程度の数学に対する興味・知識がないと全部通して読むのはきついかもしれないので、難しいと感じる部分は飛ばしながら読み進めていってもいい。

 そんな内容の本を私がこのブログで紹介しようと思った理由のひとつは、この本の最初の章にある。その最初にある第1章には「時を刻む」と題して、「正確な時刻を測る」ことに関する話が、第2章の「近代科学の誕生」に先立って詳しく書かれている。

 内容を要約すると、ガリレオの唱えた「振り子の周期は振り子の長さによっては変わるが、揺れの大きさやおもりの重さには影響を受けない」という性質は、厳密には間違っていたが、そのアイディアが後の科学の発展に大きな影響を与えた、という感じとなる。

 ガリレオといえば、ピサの斜塔で重さの異なるものを落下させる有名な実験のことを思い出すが、何故ガリレオが「重さの異なるものが同時に落下する」という事実を調べる必要があったか、ということは知らない人が多いのではないだろうか。

 この本の第1章を読むと、その理由が何となくわかってくると同時に,科学の発展の中で「計測する(時を測る)」ことが如何に重要かという点を考えることができると思う。

 また、この本の主題は「最小作用の原理」「最適化理論」という話なのだが、この最初の章は、「時を正確に測る」ために「最適な形」の振り子を得るまでの歴史が数学の知識がない人にもわかるように書かれていて、その後の章にある少々難解な話の理解を助けているような気もする。

 あと、これは蛇足だが、このブログで先日とりあげた「うるう秒」の話に関連して、この第1章を読むと「時刻」に関する歴史を知ることもできる。

 第2章以降は、たぶん著者の癖なのだろうが、具体例をあげたり、話が脇道にそれながら、いろいろなことを書いているので何が重要なのかわかりにくい部分がある。ただ、その具体例や脇道にそれた話の中に結構面白いものもあったりする。

 例えば、動物の生態系は環境によって複雑に変化する、という話の具体例として203ページから204ページに載っている、「南アフリカ西海岸に近いマルガス島海域ではバイガイを食べるロブスターが生態系の最上位にいるが、そこから4kmほど離れたマーカス島海域ではバイガイがロブスターを食べてしまうため、ロブスターは全くいない」という話などは、私自身が面白いと感じた話のひとつである。

 また、本文ではなく巻末にある付録の部分だが、「付録3 運動の幾何学」のところは(脇道にそれることなく)普通に数学と科学の関わりについて書いてある。付録と言っても50ページ近い分量があるので、この部分を読むだけでも数学や科学の勉強になるだろう。

 ということで、今回はここまでにするが、次回は別の本の紹介をする予定にしている。最近、数学や算数に関する本をよく書店で見かけるが、個人的には、どれも少々物足りないような気がしている。一方、今回紹介した本は、逆に内容的に重すぎる印象を与えるかもしれないが、たまにはそういった本にチャレンジしてみるのも悪くないと思う。

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