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2016年7月

2016年7月29日 (金)

数学界のビックニュース

 今回も「ニューヨークタイムズの数学」の本の中から。新聞記事といえば、その時々の最新ニュース報道がメインだが、数学で世間を騒がせるほどのニュースは正直なところそれほど多くない。

 この本には124年前からの記事が載っているが、その中で数学で世間を騒がせたビックニュースというと、350年前からの難問「フェルマーの最終定理」の解決、それとミレニアム懸賞問題の一つ「ポアンカレ予想」の解決、の2つだろうか。

 フェルマーの最終定理に関する記事は、この本にもたくさん載っていて、まずは1988年の3月と4月に掲載された3つの記事「350年来の数学の問題、まもなく解決か?(P.216)」「フェルマーの定理、またも解決ならず(P.218)」「フェルマーの最終定理、いまだ解決法なし(P.220)」では、日本のある数学者がフェルマーの最終定理の証明に挑んだが、結局解決には至らなかった、という内容の記事。

 「証明できた」という以前に、(失敗したとしても)証明に挑んでいること自体がニュースになるくらい関心が高い問題、ということだろう。

 そして、最終的に正しいだろうと思われる証明が世に出された1993年は

「長年の数学の謎に、ようやく「解けた」の叫び(P.224)」
「[科学者の仕事場]アンドリュー・ワイルズ - 350年来の問題に取組む数学の達人(P.633)」
「フェルマーの定理(P.230)」
「数学の証明に不備、手直しが進行中(P.237)」

と、いろいろな記事が掲載されたが、これも4番目のタイトルにあるように、この段階では完全に解決には至っていない。

で、その後にミスが訂正されて、証明内容が検証されて、最終的に正しいだろうという記事が載ったのは、2年後の1995年。「フェルマーの証明の隙間は、いかにして埋められたか(P.242)」には、正しいと思われる証明までたどり着くまでの間について、「殺人ミステリーさながらの、どんでん返しの連続でした。」と書かれていて、正しい証明を期待していた人たちにとっては、本当にドギマギしながら結果を待っていたことが伝わって来る気がする。

 話は変わって、もう一つのビッグニュース「ポアンカレ予想」の解決に関する話は、証明そのものよりも、正しい証明をしたペレルマンがフィールズ賞や懸賞金を辞退して雲隠れしてしまうことなど、証明とは別のことが話題となった。

 本の中でこの話が最初に出てくる「捉えどころのない人物による捉えどころのない証明(P.189)」の記事では「グレゴリー・ペレルマンよ、今どこに?」という文章から始まっている。

 この記事が掲載された2006年8月15日は、その年のフィールズ賞受賞者が発表される1週間前だった。実際、ペレルマンがフィールズ賞を辞退したニュースは、2006年8月22日掲載の「数学界最高の名誉を辞退(P.610)」で報道されている。

 もう一つ、100万ドルの懸賞金を辞退したニュースは、2010年7月1日掲載の「難問を解決した数学者、賞金100万ドルを辞退(P.208)」で報道された。まあ、変わった人、という感じで記事が書かれている印象もあるが、そもそも賞金や名誉のために難問の証明をしたわけではない、ということなのだろう。

 ということで、今回は数学のビックニュース「フェルマーの最終定理」と「ポアンカレ予想」解決の報道をネタに書いてみた。また、ここまでビックニュースではないものの、他にも幾つかの問題の解決などのニュースも載っているので、次回はそういったものをネタにしようと思う。

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2016年7月24日 (日)

マンデルブロが作った幾何学

 前回、「ニューヨークタイムズの数学」の本からマンデルブロ氏の記事を見つけたので、今回も、もう少しこの流れでネタを探してみた。

 前回紹介した記事には「マンデルブロはまさしく新しい幾何学を作りました」と書かれていたが、その「新しい幾何学」に関する詳しい話が1985年12月8日掲載の別の記事「新たな幾何学を作った人(P.330)」に書かれている。この「人」こそがマンデルブロ氏である。

 この記事をよく読んでみると、前回紹介したものの最後にある「これまでの私の業績が挙げられているものを聴いていると非常によくあるのだが、自分は存在するのだろうかと思う(P.436)」という一節と同じ文章がこの記事の P.331 に載っているのがわかった。

 さらに、よく見ると、記事を書いた記者も同じだった。この1985年の記事から25年後に書かれた追悼の文章の最後に再びこの一節を使うということは、書いた記者もこの一節に色々思い入れがあるのかもしれない。

 ちなみに、記事ではこの方について「ハーバード大学で経済学を、イエール大学で工学を、アルバート・アインシュタイン医学校では生理学を教えてこられました、、、」などと紹介されているが、この紹介を聞いた当の本人が「(これらの)共通部分を取れば間違いなく空集合」(こんなにあれこれやってる人はいない)と語っている、ということも触れられている。

 ところで、前回、今回と、この人が作ったとされる新しい幾何学「フラクタル」が主題にもかかわらず、フラクタルの話を何もしていなかった。Wikipediaを見ると、フラクタルとは「図形の部分と全体が自己相似になっているものなどをいう」と書かれている。

 何だかわかったようなわからないような感じだが、もう少しわかりやすくするために、次の「コッホ図形」の図を貼り付けておこう。

320pxhow_to_make_koch_curve

Von Koch curve.gif
By self made based in own JAVA animation, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2110722

 こうやって、各辺から同じように三角形を突き出すことを繰り返してできる図形は、まるで雪の結晶のように、どこをどれだけ拡大しても同じような形(相似)になっている。

375pxsnowflakeswilsonbentley

 こういうものを扱うための幾何学をマンデルブロが作った、ということが記事には詳しく書かれていて、雪の結晶ばかりでなく、様々なところに現れる複雑な物事を綺麗に扱うことができる。

 ちなみに、この本の中では、 雪の結晶に関する話題が1987年1月6日掲載の記事「科学的な徹底探求によって、雪の結晶の謎がようやく判明する(P.346)」というところに書かれている。

 ということで、今回も前回の続きのような形でマンデルブロとフラクタルの話題になった。当然だが、本にはこれ以外にもたくさんのネタがあるので、次回は別のものにしたい。

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2016年7月19日 (火)

功績をたたえて追悼する記事

 前回は「ニューヨークタイムズの数学」の本の中から、最も古い記事を紹介したが、今回は逆に新しいものを見てみることにしたい。

 元の原著の発行年の関係で、最も新しい記事は2010年12月21日掲載の「フラクタルの視点(P.433)」という記事。なんとなくタイトルを見ると数学の「フラクタル」の話かと思うが、よく読むとメインは「ブノワ・マンデルブロ」という人に関する話になっている。

 記事には「マンデルブロはまさしく新しい幾何学を作りました」「彼は自分が発明した新しい研究分野に、とてもふさわしい深遠な名前をつけました。「フラクタル幾何学」です。」などと書かれていて、この人が「フラクタル」という概念を数学の世界に導入した本人だということがわかる。

 また、記事に関連する画像を探そうとWikimedia Commonsを見ると、このマンデルブロ氏が、「マンデルブロ集合(Mandelbrot set)」について語っている講演の画像が見つかった。

Mandelbrot p1130876.jpg
By David Monniaux - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1165362

 で、なんでこんな記事が2010年に載ったかと思って調べてみたら、マンデルブロ氏が亡くなったのが2010年だった、ということがわかった。実際、Wikipediaを見てみると、この人は「2010年10月14日膵癌のため死去」と書かれている。

 だから、亡くなった後に書かれたこの記事は「マンデルブロ」の功績をたたえて追悼するために書かれたものに違いないと思うのだが、この記事の中には「亡くなった」とか「功績をたたえて」といったことが直接書いていなかったりする。

 ちなみに、この本は新聞の過去の記事を載せているので当然といえば当然だが、例えば本の第7章にある「数学者とその世界」のところには「数学の最前線の旅人 ポーツ・エルディッシュ(83歳)、死す(P.598)」 や「[追悼]数学者クルト・ゲーデル博士(71歳)(P.649)」など、著名な学者の訃報、追悼の記事は結構ある。

 一方、今回紹介している「マンデルブロ」の記事は、正直な所、たまたま今回「最も新しい記事」を探していて見つけただけだし、タイトルの「フラクタルの視点」という言葉を見ただけでは、追悼の記事だとは思わなかったが、読んでみると、「あれ? これはフラクタルの視点というより、「マンデルブロという人の物の見方(視点)について書かれてる気がする」と思ったので調べてみたら、記事の掲載されたちょっと前に亡くなっていたことがわかった、という感じだった。

 こういう追悼の記事、なんとなく洒落が効いていていいと思う。また、多分「マンデルブロ」という人は、こういう洒落がわかる人だったんだろう、と思えたり、故人や数学をよく知らない人も人柄を偲ぶことができる気がする。

 ということで、今回はここまでにしよう。この本は新聞記事を集めただけなので統一感はないかもしれないが、読んでいて飽きないし、また次回もこの本からネタを見つけて書いていくことにしたい。

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2016年7月14日 (木)

124年前の数学にまつわるニュース

 最近、毎年夏は1ヶ月くらい新規更新をお休みして過去の文章の再掲載をしていたが、今年は少し文章載せようかと思っている。と言っても、あれこれ忙しかったりするので毎回ネタを探すのも大変なので、また3月の時と同じパターンで一つの本から少しずつネタを見つけるスタイルにしようと思う。

 今回取り上げる本は、少し前に本屋に寄った時に見つけた「ニューヨークタイムズの数学」というタイトルで、過去にニューヨークタイムズ紙に掲載された記事やコラムの中で数学に関連する話題のみを集めた本。

 結構分厚い本で、だいたい5000円(4630円+税)と値段は少々高め。ただ、サブタイトルに「数と式にまつわる、110の物語」とあるように、110も独立した文章があって、割り算したら一つの記事・コラムあたり約45円ということで、こんなものかな、という値段かもしれない。

 あと、内容的には新聞などに載っていたものなので、数学と言っても堅苦しい感じはなく、読みやすい。夏休みに中高生や文系の大学生などが読むのにちょうどいい感じがするので、高くて買えないと思った人も図書館とかでもし見つけたら手に取ってみるのもいいかもしれない。

 で、今回はこの本の中からの話題を取り上げる初回ということで、110の話の中で最も古い、今から124年前の1892年5月2日にニューヨークタイムズ紙に掲載された話題「研究としての保険業 - 事業を代数によって計算する人々の重要性(P.106)」にしよう。

 内容はというと、「保険数理士」という数学にまつわる仕事と「保険数理士協会」という組織について書かれていて、「(記事が掲載された日を基準に)先週この都市で行われた保険数理士協会の会合では、生命保険に関するいくつかの興味深い事実が明らかになりました。」という文章で始まっている。

 「この都市=ニューヨーク」だろうか。まあ、そんなことはともかく、「保険数理士」とは、現在では「アクチュアリーActuary)」と横文字で呼ばれている職業で、Wikipediaには「ビジネスにおける将来のリスクや不確実性の分析、評価等を専門とする専門職」と書かれていた。

 また、「アクチュアリーが活躍する伝統的分野は、生命保険、損害保険、年金の三分野」と言われているそうで、そういう意味で「保険数理士」という訳は的を射ている感じだ。

 発祥はイギリスで、124年前の記事が載った当時はアメリカと比べてヨーロッパ諸国の方が進んでいたからか、イギリスの事情が少し詳しく書かれているのが他の記事と趣が異なるところだろうか。

 ということで、簡単だが今回はこれくらいにしておこう。124年前のこの記事は、数学にまつわる仕事の話だったが、特に数学のことはほとんど書かれていなかった。また、この本の中で19世紀の記事はこれ一つだけだったので、この当時の一般の人は数学にはほとんど関心がなかったのかもしれない。

 今回は簡単に記事の一つの内容を紹介するだけになったが、次回以降、約1ヶ月くらいはこの本の中からネタを見つけて行こうと思う。

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2016年7月 9日 (土)

出かけました(2016年7月)

 今月は、ちょっと早めに「出かけました」にしようと思う。今回は、少し古い昔の風景にちなんだ場所を2つほど紹介したい。

 一つ目は、京都から山の奥の方へ北上していったところにある「美山かやぶきの里」という、かやぶき屋根の農村の風景が残っている場所。

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 岡山県の津山。ここは江戸時代からの城下町で、江戸時代の街並みが保存されている地域がある。

 まずは、津山城。

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 もう一つ、古い街並み保存地域の写真。

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 最近になって、また忙しくなってきたが、出張に行った際などのちょっとした空き時間とか、帰る途中などに写真を撮ってこれることもあるので、これからは、そういうちょっとしたゆとりの時間を有効に使っていこうと思う。

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2016年7月 4日 (月)

琵琶湖のハスが消えた?

 先月のブログ「出かけました(2016年6月14日)」で紹介した場所のうち、3つ目の「水生植物公園みずの森」は、琵琶湖の烏丸半島というところにあって、花蓮(ハス)の群生地として有名で夏になるとハスで埋め尽くされるくらいになる名所なのだそうだ。

 Wikipediaでも紹介されていて、ハスで埋め尽くされている写真もあった。

Kusatsu01.jpg
By Philbert Ono. Photojpn.org (Talk / contribs) - Image come from the english Wikipedia page: http://en.wikipedia.org/wiki/Mizunomori_Water_Botanical_Garden, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3015918

 ところで、なんで先月紹介したところを改めて持ち出したかというと、おとといネットで「姿消えたハス、謎深まる 滋賀・草津、県内別の場所でも」というニュースを見つけたからだ。

 記事の最初に「国内最大級の群生地である滋賀県草津市の烏丸半島のハスに、過去にない異変が起きている。例年なら湖面を埋め尽くすハスの葉が、ほとんど見られない。」と書かれていた。

 実は、行った時に撮った写真の中に、紹介はしなかったが、ハスの葉が埋め尽くすであろう場所を撮ったものもあった。

P6122228

 ここがさっき貼り付けたハスで覆い尽くされた画像とほぼ同じ場所。まあ、ハスには季節的に早すぎだし、見ての通り何もなかったので、この写真は載せなかったが、たまたまニュースを見つけたので改めて今回取り上げてみた。

 実際に、記事に紹介されている写真を見るとわかるが、今になっても私が写真を撮った時と同様、ハスの葉は全くない。記事には、今のところ原因は不明で、地元では6月30日の段階で「(ハスの)開花が見込めない」と異例の発表をした、と書かれていた。

 原因としては、外来種による食害などが考えられると書かれていたが、実は昨年も多少異常があったらしい。

 昨年の2015年7月24日のニュースで「日照不足?ハス開花少なく 国内最大級の琵琶湖・烏丸半島」という記事が見つかった。

 この記事には「例年は湖面を埋めるようにピンクの花が咲くが、今年はまばらなまま」「春先から日照時間が少なく、水温も上がらなかったことが影響しているのでは」と書かれていた。

 さらに、去年の異常はこれだけではなかったようで、2015年8月18日のニュース「琵琶湖・烏丸半島のハス群生地、開花は例年の3割程度 花の時期はいつもより長め」には「(ハスの花は)例年の3割程度の咲き具合にとどまっている。その一方、いつもはシーズンがほぼ終了している今月中旬に入っても、まばらながら花が咲き続けており、専門家は「こんな状況は初めて」と首をかしげている」と報道されていた。

 まあ、去年も異常はあったものの花は咲いていたし、まさか今年全くなくなるとは思っていなかったに違いない。ハスの花のピークは7月下旬ということだが、今年は現時点でハスの葉自体が全くないので本当に心配だ。

 ということで、今回はたまたま出かけた場所に関するニュースがあったので紹介した。今年は、今後もこうした想定外なことがニュースになるのだろうか。最近ブログにたまに書いているが、改めて、変化に柔軟に対応できるように心の準備は必要だと書いておくことにしよう。

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