« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月

2015年7月30日 (木)

(再掲載その18)本(ビセキの話)の紹介

********2011年10月18日掲載********

 書店に行って本棚を眺めながらブラッとしていたら、ふと気になった本があった。「秋へギアチェンジ」で秋になって読書もいいと書いたこともあるので、今回は読んでみた本の紹介をすることにした。

 また数学の話になるが、「微分・積分を知らずに経営を語るな」という、何となく読者に何かを訴えている感じ(というか、何となく押し付けがましい感じ)の、如何にもPHP新書の雰囲気が出ているタイトルの本である。そんな第一印象を持ったこの本を今回採り上げたのは、実は私も「微分・積分」の思考法を使うことがあるので、その考え方を紹介したい、という理由からである。

 例えば、昨年ブログを始めたばかりの頃に書いた「意欲の傾き」という記事では、「意欲」という高低の程度を数値で表すことが難しいことは、「意欲があるか、ないか」の2者択一ではなく、「意欲の傾きがプラスかマイナスか」と考えてみるといい、といったことを書いた。

 「意欲がないときにでも、何もしないよりはマシだろう」という程度のことを続けていれば、意欲の傾きは(ほんの少しだが)プラスになるので、右肩上がりの状態を保つことができる、という趣旨なのだが、これは「微分」がプラスなら増加する、ということを基にした考え方をしている。

 ただ、「傾き」という言葉は一般には使われていないようなので、わかりにくかったかもしれない。実際、今回紹介する本の最初の章に「微分・積分」の簡単な説明が載っているが、そこに「数学の世界では"傾き"といいますが、ビジネスではあまり使わない言葉なので、本書では"伸び"と表現します」という文章があった。(ということで、その記事のタイトルを「意欲の傾き」から「意欲の傾き(伸び)」に変更しました)

 本には、その次に「あなたのモチベーションを微分する」という話がある。内容は、グラフを使って結構本格的に「微分」の話をしていたり、モチベーションが上がったり下がったりしている場合を考えているので、私が書いた「右肩上がりの状態を保つ」という話とは多少異なるが、やっぱり意欲やモチベーションは「傾き(伸び)」を使って考えるのがいいようである。

 ところで、実際の本の中身は、「経営を語るな」というタイトルにあるように、「微分がわかれば利益が上がる」「積分がわかれば在庫が減る」など、経営判断の際に「微分・積分」の考え方を使うのがいい、という趣旨の話が書かれている。

 その中で、一つ不満に思った点を先に書くと、本文中に「微分」や「積分」の数式や記号がまったく出てこないのはちょっと残念な気がした。こういった「新書」の本では、この本だけでなく、以前紹介した「ものつくり敗戦」の本も同様に、難解に感じさせてしまう数式や記号は極力使わないようにしているのだろう。

 ただ、この本の著者は、冒頭で「微分・積分が数学の中では一番易しい」とか「微分・積分は、天才たちが普通の人のために、世の中の現象を易しくわかりやすく説明したものです」と書いているので、もう少し踏み込んで「微分・積分の数式や記号も天才たちがわかりやすくしてくれました」などと言って欲しい気がする。

 一方、最も印象に残ったところは、本の真ん中あたりのページにある「微分・積分マーケティング」の章の冒頭の部分である。そこには、日本のビジネスの現場における数学的な思考の扱われ方が書いてあり、それを踏まえて「マーケティングに軽くビセキ(微積)のメスを入れましょう」という文章がある。

 以前紹介した「ものつくり敗戦」の本では、この辺りのことは多少遠慮気味に書かれていたような気がするが、この本には「微分・積分に代表される数学なんて学者と学生のお遊びだろう」「方程式なんかでビジネスが決まったら仕事なんて面白くない」「買う人の気持ちが数学で証明できるか」「売れてナンボだろう。能書きを言う前に体で示せ」などのようなことが「大きな声で」言われていて数学や数学的発想(論理性)が排除されている、という事実が誰でもわかる表現で書かれている。

 確かに「能書き」だけで実際に行動しなければ売り上げには結びつかないだろう。ただ、合理的な「能書き」と現実的な「行動」がミックスされれば、いくら数学を批判するような人でも文句はないに違いない。そう考えると、「マーケティングに軽くビセキ(微積)のメスを入れましょう」という、やんわりとした言い方は、数学を批判している人に「闇雲に行動しても無駄が多すぎて駄目」と言うだけでなく、能書きばかりで行動が伴わない人に対しても「あくまでも行動が主で、それに軽く数学的な発想を加える形にしないと駄目」と忠告しているような気もする。

 例えば、前回の「冬の電力需用量は?」は、簡単な比例の関係を使った計算だが、この本の考え方に近いと思っている。「夏の節電目標」の記事もそうだが、理屈っぽくならない程度に軽く計算をしてから考察すると、(どの程度の節電が必要かなどの)具体的なイメージもわきやすく、「実際に行動(節電)してみようかな」という気持ちになってくるに違いない、と思っているのは私だけだろうか。

 当然、万能な方法など存在しないので、計算したものが現実とズレることはある。ただ、「それは例外だ」と考えて、数学を使った考察を続けていけばトータルでいい結果になる、という趣旨のことも、この本には書かれているようだ。これは、「数学に基づく方法」には誤差(ズレ)がつきもの、という考え方に非常に近い。細かいことは気にせずに、全体を考える。これが数学的な考え方を身につける近道なのかもしれない。

 本の全体的な内容は「数学(微分積分)を使って説明すると、こうなる」という説明が淡々と書いてある、という感じで、いわゆる啓蒙書のたぐいのものとは異なる。そういう意味で、この本は、数学の話の割には、あっさりしていて読みやすいのではないかと思う。

 ただ、これに限らず、数学のことが書かれた本の多くは、「落ち」もなければ、「ミステリー」も何もないため、読んでも面白くないと感じるかもしれない。私も、その気持ちはよくわかるが、たまにはそういった本に触れてみるのも悪くない、と思ってほしい。

--------

Copyright (c) 2011 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

2015年7月25日 (土)

(再掲載その17)正17角形の作図と本の紹介

******** 2011年5月7日掲載********

 連休明けの今回は、久しぶりに数学の読み物の紹介をしようと思う。最近出たものではないが、「ガウスが切り開いた道」という本である。分量的には、ちょっとした休みに軽く読める程度(約130ページ)である。

 ところで、「ガウス (1777-1855)」は、「アルキメデス」「ニュートン」とならんで、歴史上の3大天才数学者の1人として紹介されることが多い。また、「ガウス」という名前は、磁石の強さ(磁束密度)の単位として使われていることからもわかるように、数学の業績ばかりでなく科学的な業績も有名である。

 この本の内容は、今回のタイトルにあるように、前半から中盤にかけての「ガウスが解いた正17角形の作図」に関する話題がメインで、後半部分はガウスの生涯や業績などを交えながらガウスの業績を紹介する、といった感じである。

 実のところ、この本の紹介を書こうと思った理由は、連休中にこの本に載っている正17角形の作図に自らチャレンジしてみたからである。実際に書くのはかなり苦労したが、何とか完成させた。

17_sakuzu

 これくらい細かい作図となると、ちょっとコンパスの針がずれたり、線がかすれたりしたことによる誤差が大きくなって、なかなかぴったりの正17角形にならない。この写真でも、1〜6と13〜17の頂点はちょっとしたズレはそれほど問題にならなかったが、7〜12あたりの頂点の位置はコンパスの芯先を削り直しながら、やっとの思いで作図した。その苦労を見せるために、ズレて失敗した線も残しておいた。

(追伸:
このブログには他にも「正17角形の折り紙作図」の話を載せています。
正17角形の折り紙作図
正17角形の折り紙作図の手順
の方も是非ご覧下さい。)

 このように、数学で「作図」というとコンパスと定規を使って図形を描く平面幾何の話であるが、「作図」が可能であるかどうかを考えることは非常に難しい。その証明のためには、実は「高次方程式」の解を調べることが鍵となる。このことを「正17角形の作図」の問題を解くことによって具体的に指摘したのがガウスである。

 それを踏まえて、この本の紹介を書いていくことにする。方程式を解く、というと「計算」や「公式」を使って考える、と思っているかもしれないが、当時は今ほど計算や公式が整備されていないので、方程式の解を調べるのは容易なことではなかった。それを理解するために、この本では最初に3次方程式に関することが書いてある。

 具体的には、ルネッサンス時代後期・16世紀のイタリアにいた「カルダノ」「タルターリャ」「フェラーリ」というの3人の主人公による、3次方程式の解法にまつわる話である。3人の性格や生活などを交えて書いてあり、この本の導入部分としてだけでなく、この部分だけでも読んでいて面白い。

 この話の後に、18世紀後半のガウスの幼少期から正17角形の作図を完成させた1796年3月30日までの話が続く。数学の話は、中高生くらいだと難し目に感じるかもしれないが、17乗して1になる数(1以外の数は複素数で、ある16次方程式の解になる)を具体的に求めるのは、これだけ難しく面倒なことだ、ということがわかるだけで十分だろう。

 この本のタイトルとなっている「ガウスが切り開いた道」は、この作図問題を解いた後、19世紀に入って、この解決に触発される形で、ガウス自身だけでなく様々な人々が数学・科学の理論を作り発展させていったことを表している。

 後半の内容は、そのことをガウスの生涯を交えながら書いてあり、40歳になる前に妻と子供を亡くし、その後再婚するも50代半ばでその妻も亡くなる、といった不幸を乗り越えながら残したガウスの数々の業績について紹介している。

 本の紹介はここまでだが、連休中にこれまでの記事のカテゴリーも再整理して、「数学」というカテゴリーを一つ新たに作った。いつも数学の話題だと読む人がいなくなってしまうかもしれないので、1〜2ヶ月に1回くらいが無難かもしれないが、たまには数学の話題も書くことにしたい。

--------

Copyright (c) 2011 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

2015年7月20日 (月)

(再掲載その16)本の紹介:世界を変えた手紙

 一昨年、昨年に引き続き、今年も夏休みの間、新規更新をお休みしたい。その間、過去のブログの再掲載をしているが、今年は過去に紹介した本の紹介を夏休みの間5日おきに再掲載したい。

 数学に関する話題の本ばかりだが、たまには数学漬けの夏休み、というのも悪くないかな、、、

 中には、夏休みの自由課題とかレポートの宿題によさそうな本も含まれていると思うので、気になったら図書館とかで見てみるのもいいかもしれない。

********2011年1月5日掲載********

 今年の正月は、どこへも行かず読書などをしながらゆっくりと過ごした。ただ、読書と言っても、私は理系人間で文学作品や小説などは読んでいてもすぐに飽きてしまう。「そんな理系人間がいったいどんな本を読むのか?」と思う人もいるかもしれない、と思い、読んだ本のひとつについて少し書いてみることにした。

 何冊か読んだが、一番面白かったのは「世界を変えた手紙」という本である。副題に「パスカル、フェルマーと確率の誕生」とあり、17世紀の2人の数学者「パスカル」と「フェルマー」が、ゲーム(ギャンブル)の賞金の公平な分け方について議論した手紙を紹介したものである。

 内容を一言で言えば「数学の確率の考え方はどのようにして生まれたのか」ということが書いてある本である。実際の手紙のやり取りは、現代風に言うと「ゲーム(ギャンブル)に勝つ確率を考える」ということになると思う。高校数学の確率の話を知っていれば、だれでも難なく読むことができるだろう。

 自分が勝つ確率を考えるのではなく「賞金の公平な分け方」を考えるところが理系人間っぽい(数学者っぽい)ところだと言えるが、この時代の天才・秀才たちがこのような俗っぽいことを真剣に考えているところが興味深い。また、読んでいくと17世紀前後に「確率」の考え方を作った人の話や、その考え方を当時の人々がどのように利用したのか、といったことがわかるようになっていて、私自身とっても勉強になった。

 この本のタイトルもそうだが、本の著者・訳者共に、現代の「確率」の基盤を作った2人の考え方(発想)を「革命」と言っている。正直なところ、私はこの意味が理解できるほど確率のことを知っている訳ではない。ただ、言葉の意味がわからなくても、年の初めに17世紀前後の天才・秀才たちの考えに触れることができた、というだけでも私にとっては意味があったと思う。

 今年は、こういう類いの本を探しに、時間を見つけてぶらっと書店に行くのも悪くない。そのための時間も「今年の約束事の2」のゆとりの時間に入れることにしよう。

--------

Copyright (c) 2011 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

2015年7月15日 (水)

四つ子素数

 今日はブログの更新日だが、何だか忙しくて、ネタを探さないまま夕方になってしまった。時間があまりないのだが、久しぶりに日付を並べた数字のネタにしようと思って、数字を並べてみた。

 以前だと、年月日の数字を並べて素数になるときに数字のネタを書いていたのだが、最近あまりしていない。というのも、最近は5日ごとの更新になっているが、ここ数ヶ月は日付の末尾が「5」か「0」だから、必ず5で割れて素数にならない。

 だから、あまり数字ネタは書いていなかったのだが、今回は久しぶりに数字ネタにしようと思って、日付の数字を並び替えてみた。

 日付の数字を並べる、というと日本では「年/月/日」の順番で並べるのが一般的なので、今日の場合西暦の下2桁から順番に「150715」とするのが普通だと思うかもしれないが、例えばアメリカでは習慣的に「月/日/年」と並べることが多いようだ。

 アメリカ式で、西暦の下2桁を最後にして並べると「71515」となる。まあ、5で割れてしまうので素数ではない。今回は、もう少しひねって、逆順に並べてみた。

 すると、ようやく素数「51517」が現れた。これは5273番目の素数だ。ちなみに、「5273」も素数。これは699番目の素数。久しぶりに、いくつも素数が現れた。

 もう一つ、ついでに見てみると、51517番目の素数は「632329」だが、これは何と「四つ子素数」。

 双子素数はとなりあった奇数が素数の場合。そこからいきなり四つ子素数、という話だとわかりにくいので、その前に間の「三つ子素数」について説明すると、「p,p+2,p+6」または「p,p+4,p+6」が素数となる組み合わせが三つ子素数。

 ちなみに、「p,p+2,p+4」のとなり同士の奇数の3つの組み合わせを考えてしまうと、その中にかならず一つは3の倍数が含まれるため、このとなり同士の奇数が全て素数となる組み合わせは「3,5,7」しかない。

 だから、となり同士の双子素数に、さらに1つ飛ばした先の奇数が素数になっているものを「三つ子素数」と呼ぶことになってる。

 今回の場合「632323,632327,632329」が素数だからここまでで3つ子素数の条件を満たしているが、実は「632321」も素数になっている。

 だから「632321,632323」の双子素数と「632327,632329」の双子素数が、632325という3の倍数を挟んで隣り合っていて、こういう並びが「四つ子素数」と呼ばれている。

 ということで、今回は久しぶりに素数のネタを書いてみた。今回は四つ子素数の話が出てきたので、久しぶりにあれこれ調べて書いてみた。最近数学の話題があまりないのだが、暇を見つけて少し数学のネタを探してみたいと思う。

--------

Copyright (c) 2015 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

2015年7月10日 (金)

出かけました(2015年7月)

 少々忙しくてネタを探す時間がなかったこともあるが、先月も6月10日に「出かけました」で撮った写真を紹介してからちょうど1ヶ月ということで、ちょうど1ヶ月後の今回も写真を少し載せてみたい。

 今回は、2カ所。

 一つ目は、滋賀県の彦根城。行ったときに、たまたま「ひこにゃん」が出て来たので、その写真も合わせて撮って来た。

P6151756

P6151751

P6151759

 もう一つは、山口県の秋吉台。

P6281777

P6281778

P6281779

 ということで、簡単だが、今回も出かけた時の写真を紹介した。何となく、毎月1回こういった感じで写真を紹介する、というパターンも悪くない気がする。

 また、今月もこれから出かけることがあるので、来月そのときの写真を紹介してみたい。

--------

Copyright (c) 2015 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

2015年7月 5日 (日)

日本の月探索

 先月後半、「JAXA、月の南極に無人探査機の着陸構想 水の有無調査 」という新聞記事を見つけた。

 記事によると、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「2020年代前半にも無人探査機を打ち上げ、月の南極部分に着陸させる構想」を発表したらしい。また、「19年度にも、月面の狙った場所にピンポイントで着陸することを目指す無人の小型探査機「SLIM」を打ち上げる計画」もあるそうだ。

 2019年とか2020年代前半ということだから、そんなに先の話ではない。実際に計画通りにいくかどうかわからないが、少し気になったので日本の月探査について少し調べてみた。

 調べてみると、現在の日本の月探査の成果は、探査機「かぐや」の観測が基になっていることがわかった。

 この「かぐや」、2007年の打上以来、月の周りを周回して月の観測を行っていて、JAXAのページには、観測成果がまとめられている「かぐやのこれまでの主な科学的成果」というページがある。

 ここには、月全体の地形など、さまざまな観測とそれらの考察の成果がまとめられていて、月の南極付近に関する記述も多い。

 例えば、「月の中で最も標高が低い地点は、南極エイトケン盆地の中にある」「月の南極域の日照率は最大で86%」「全く日が当たらない部分(永久影)が存在する」「月の南極の永久影の地表に水氷は存在しない」など、結構詳しく調べられている。

 また、詳しい考察と合わせて

「将来の月面基地では、太陽光が重要なエネルギー源となりますので、日照率が高い地域が分かったことは、基地の候補地を決めるうえで大変役立ちます」
「水も、将来の月面基地にとって重要な資源です」
「1年中日が当たらない場所がどこに、どれくらいの面積であるかという情報も、基地の建設地を検討するのにとても重要です」

 といった記述が月の南極周辺の考察を合わせて書かれているあたりは、JAXAは結構本気で月の南極に基地を造ろうと考えていることを窺わせる気がするが、どうだろうか。

 まあ、実際には日本だけじゃなくて世界の主要国が、同じようなことを考えていると思う。実際、Wikipediaの「月探査・今後の計画」の項目を見ただけでも、日本の他、アメリカ、中国、インド、韓国、ロシア、欧州に関する動向が書かれている。

 ということで、今回は日本の月探査について少し調べてみた。そんなに夢物語ではなく、結構具体的な話のような気がするので、期待したいところだが、少々不安もある。

 というのは、これは日本だけでなく他の国も同様なのだが、Wikipediaの今後の計画の項目を読むと、「予算の圧迫」「予算はついていない」「資金上の制約により中止」などという言葉が目につく。

 「先立つものが、、、」というのが現実なようだが、実は日本は月の軌道に衛星を到達させた3番目の国(1番=旧ソ連、2番=アメリカ)ということもあるようなので、後発の国々に先を越されないように頑張ってほしい気がする。

--------

Copyright (c) 2015 ANADA, Koichi. All Rights Reserved.

| コメント (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »