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2013年8月

2013年8月28日 (水)

福島産桃の売上回復

 昨年ブログに「もらったジャガイモ」の話を書いたが、今年も同様に母の田舎でとれたジャガイモやタマネギをもらった。去年はジャガイモをたくさんもらいすぎて食べるのに困ったくらいだったが、今年は少し大きめの買い物袋に入る程度の量である。

P8251308

 まだ調理はしていないため、そのままの状態で置いてある。また去年と同様にジャガイモとタマネギを切って土鍋で煮込んで食べるつもりでいるが、油断するとジャガイモもタマネギも芽が出てきてしまうので、少し時間が空いたときに急いで皮を剥いて煮込んでしまわなければならない。

 ところで、私の母の田舎は福島なのだが、田舎のおじさんがしっかりしているところを私自身の目で見ているし、全く問題がないものを直接もらっているので、野菜やお米を安心して食べられる。

 また、何となく最近は風評被害という言葉もあまり聞かなくなったような気がしていたのだが、それでも先日「最近桃の季節だけど、関西の方のスーパーでは福島産の桃をほとんど見かけない」という話もあるらしい。

 インターネットで検索してみると、例えば8月4日の読売新聞に「東京電力福島第一原発事故による風評被害を減らそうと、福島県伊達市は3日、JR京都駅前広場(京都市下京区)で、同県の観光をPRする「ふくしま八重隊」の一行と、特産の桃「あかつき」を無料配布した」という記事があったようだ。

 丁度、NHKの大河ドラマ「八重の桜」が福島の話と京都の話がメインなので、それに絡めて企画されたもののようだが、桃が無料配布されるなんて羨ましい限りである。

 また、その新聞記事では「原発事故以前の出荷額は約30億円だったが、事故直後は3割まで落ち込んだ。事故から2年以上経過し、8割程度まで回復している」と書かれているので徐々にだが福島産桃の信頼も回復しつつあるようだ。

 さらに、8月22日の毎日新聞には「モモ:福島の売り上げ回復」と題する記事も載っていた。そこには「原発事故の影響で市場単価が震災前の半値以下に暴落した福島のモモが、今年は震災前年と同じかそれを上回る価格水準で売り上げを伸ばしている」と書かれていて、実際に農家の方が「震災前より忙しい」と話しているようだ。

 ちなみに、近くに住んでいる両親のところへ行ったとき、ジャガイモとタマネギはたくさんもらったが、桃は食べてしまってほとんど残っていなかった。

 当然安全安心が第一だが、安全安心ならやっぱり美味しいものが食べたい。福島産の野菜やお米は美味しいので、これからも農家の方々には頑張ってもらって、安全安心なものを作り続けてほしい。

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2013年8月24日 (土)

久しぶりの新規更新です

 皆様、ご無沙汰です。およそ1ヶ月ぶりにブログの文章を書いています。この1ヶ月間、なんだかんだと忙しかったこともあってブログの新規更新を休ませて頂きました。

 ただ、ずっと4日ごとの更新を続けてきたこともあり、この1ヶ月間はその穴埋めとして過去の文章の再掲載(8回分)をしてみました。

 4日ごとの更新は、2011年から続けていて今年で3年目になります。具体的には、(再掲載その6)に書いていますが、東日本大震災が起こった2011年3月に3日ごとの更新になっていた後の2011年4月1日から休みなくずっと4日ごとの更新を続けています。

 もう少し付け加えると、実は大震災の前の2011年1月から3月初旬の間も4日ごとの更新でした。だから、約2年半ほど休まずにブログのネタを4日ごとに考えながら過ごしてきた訳です。この1ヶ月間は、特に文章を書き溜めたりすることもなかったため、本当に久しぶりにブログのことを気にせずに過ごしていました。

 そんな1ヶ月だったのですが、そのような中でこのブログにアクセスしてくださった皆様、本当にありがとうございます。

 ちなみに、このブログのアクセス数を表示するカウンターは訳あって消してしまいましたが、実はniftyのココログではブログの管理ページから毎日のアクセス数を確認することが出来るようになっていて、ココログ内の「アクセスランキング」を見ることができます。

 このブログについて、2013年7月22日から8月20日までの1ヶ月間のアクセス数を調べると次のようになっていました。

Access_130708_2

 緑色が訪問者数、黄色が全アクセス数で、この1ヶ月間も毎日アクセスがあり、「平均で1日14の訪問者数」でした。

 また、アクセスランキングの方は次のようにグラフで確認することができるようになっています。

Cocolog_rank_130808 Cocolog_rank_130813

 アクセス数が多かった8月7日(アクセス数49)と8月13日(アクセス数50)の具体的な順位は、

8月7日 … 15390位
8月13日 … 14655位

です。ココログ内のブログ数がどの程度なのか、という具体的な数字はわかりませんが、インターネットで検索してみると、大体10万強らしいので、このブログはそれなりの順位になっているようです。

 繰り返しになりますが、新規更新を休んでいたにもかかわらずアクセスしてくださった皆様、本当にありがとうございます。また、今日から4日ごとの新規更新を続けて行こうと考えていますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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2013年8月20日 (火)

(再掲載その8)数学を色に例えると

****2011年8月15日掲載****

 先日、とあるところで「数学を色に例えると何ですか?」という問いかけがあった。そんなことを考えたことはなかったが、少し考えて「緑」と答えた。すると、「緑と答えた人は初めてです」と言われてしまった。

 どうも、数学のイメージとして「青」を挙げる人が多いそうだ。私も急に聞かれたので、その場で何となく答えたのだが、折角他の人とは違う色を思いついたので、後付けになってしまうが、「数学の色=緑」の理由について少し考えた。

 とりあえず、風景を数学にまつわる状況に例えてみることにした。例えば、数学の問題を見てもどこから手を付けていいかわからず困り果てている風景はこんな感じだろうか。

Ussou

 これは、(7月後半)高校生を引率して(仕事で)千曲川の源流沿いを通って甲武信ヶ岳山頂へ向かう途中で撮ったもの。鬱蒼とした緑の森の中、人が通ったところ(登山道)はあるものの、所々木が倒れていたりして、何も考えずに足を踏み入れるのはとっても危険そうだ。

 次に、普段の勉強の中で難しい問題が解けたときの風景。

Hatake

 これは、(先週)引率とは別の仕事の都合で長野に行った際に車で移動中にちょっと停まって撮ったもの。整理された緑の畑が一面に広がっていて、たくさんの実りが期待できそう、という感じである。実は、この風景を見た後すぐに行ったところで「数学を色に例えると…」という話があったので「緑」と答えたのかもしれない。

 今度は、もっとレベルが上がって、様々な知識を身につけながら、あるいは、苦しい勉強に耐えながら、やっとの思いで結論を得たときのイメージ。

Unkai

 この雲海の写真は、(8月初め)やはり引率の仕事で南アルプスの甲斐駒ケ岳に登る途中(仙水峠)、朝5時くらいに撮ったもの。緑の原生林の中を、夜明け前の暗い時間に出発し、1時間以上原生林や岩場を通ってたどり着く場所である。

 厚い雲の下では、(前回の記事で書いたように)私と同様、ワケもわからずに大雨に遭っている人がいるかもしれないが、その同じ瞬間、同じ場所の雲の上を眺めている人もいるかもしれない。数学の問題は、何となくこれと似ている気がする。

 あるいは、普段からの体力作りや健康管理をしっかりし、事前の準備もきちんと行った上で、緑の原生林の中を、夜明け前、ヘッドランプの明かりだけを頼りに正しい道を探しながら進んでいく。これは数学の勉強のイメージにかなり近そうだ。

 こじつけもあるかもしれないが、こうやって考えてみると「数学の色=緑」というイメージも悪くなさそうな気がしてきた。ちなみに、写真に撮った雲海を見た後、山頂に着いたときには霧が充満していて何も見えなかった。まだ私も数学の勉強が足りないのかもしれない。今度は山頂からの眺めが見れるように、もう少し勉強も頑張ってみることにしよう。

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2013年8月16日 (金)

(再掲載その7)広辞苑の中の「数学」

****2011年7月30日掲載****

 今週の水曜日、7月27日に、NHKのクローズアップ現代で「大人がはまる数学ブームの謎に迫る」というタイトルの番組が放送された。録画をとって見たが、それによると、世の中では今数学ブームなのだそうだ。にわかに信じがたいのだが、折角なので数学に関することを書いてみようと思う。

 といっても、今回は「数学」という言葉を調べてみた。例えば、広辞苑の「数学」の項目には次のように書いてある。

数学:
(1)数量および空間に関して研究する学問。代数学・幾何学・解析学(微分学・積分学およびその他の諸分科)、ならびにそれらの応用などを含む。鏡花、三之巻「強ゐてまたーー教うる私塾に塾生とはなれりしかど」(ーーに「数学」が入る)
(2)数についての学問。すなわち今の算術。中国の「数学啓蒙」以来、日本でも明治10年代まで、この意味に用いたことが多い。

泉鏡花の文献から引用するなど、如何にも数学が苦手な文学の専門家が書いたと感じさせる内容である。ちなみに、私は理系人間なので文学には詳しくはなく、泉鏡花の三之巻についても実のところよくわからない。また、泉鏡花のことを広辞苑で調べてみても、

泉鏡花:
小説家。名は鏡太郎。金沢生まれ。尾崎紅葉に師事。明治・大正・昭和を通じて独自の幻想文学を構築した。作「夜行巡査」「高野聖」「歌行灯」など。「婦系図」をはじめ、しばしば新派劇に上演。

と、詳しく書いてあるが、「三之巻」のことは書かれてない。そのうち時間ができたら泉鏡花の「三之巻」について調べてみることにしよう。

 ところで、先日iPod touchで使える辞書アプリ「大辞林」をキャンペーン価格で購入(1500円)してしまった。ということで、こっちでも調べてみた。

大辞林の「数学」:
古くは数に関する学問、すなわち算術の意。現在では数・量および空間に関して研究し、さらに抽象的な概念を扱う学問になった。

 何だか味気ない。正直なところ、このようにしか書いていないと「調べるまでもなかった」と思ってしまいそうだ。そう考えると、広辞苑のように「数学のことを調べようとしたら文学のことも勉強になった」と、ちょっと得した気分になる仕掛けがあるのも悪くない。

 また、広辞苑の「数学」の項目を書いた人は、数学がよくわからないのに「数学の意味を書いてくれ」と頼まれて困ったに違いない。そういう中で、訳もわからず受け売りの文章を書くよりも、自分のわかる範囲で「数学」について真剣に考えて書いた文章の方が説得力はあるのかもしれない。

 他にも、英英辞典で調べたりなど、いろいろと書くことができそうだ。ただ、前回もかなり長い文章になってしまったが、それよりもさらに長くなりそうな予感がする。ということで、今回は広辞苑の話だけにして、この続きは次回(4日後)にとっておくことにしたい。

 最近の数学ブームは、NHKのクローズアップ現代を見ると、結構本格的に数学を勉強してみようと思っている人が多くなっている、という感じらしい。そういう人がどの程度いるのかはわからないが、たまには私も数式を交えた記事も少しは書いてみることにしよう。

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2013年8月12日 (月)

(再掲載その6)普段の生活ペース

****2011年4月1日掲載****

 大震災があってから、何となく思いついたときに書いていたつもりでいたが、よく見てみたらちょうど3日ごとに更新を続けていた。3月の初旬までは4日ごとのペースだったが、何となく3日程度の間にネタになることを思いついて、その後に少し辞書や本を調べながら書く癖が自然についていたのかもしれない。

 特に何も調べないで思いつきで書いていた分だけ1日短いペースで更新できていたのだろう。今日も思いつきで文章を書いているのだが、ちょうど年度が変わってキリもいいので、次の更新から以前の4日ごとに戻してみようと思う。

 ところで、ブログの更新に限ったことではないが、3月11日の大震災の後、何となく前とは異なるペースで生活をしていたように感じていたが、今考えてみると実際には以前とそれほど変わらない部分も多い。

 例えば、節電に関すること。3月11日以降、やっぱり我慢できるところで無駄に電気を使わないように心がけようと、家では暖房器具のスイッチはつけていない。

 こう書くと、いかにもこれまでよりも節電しているように見えるが、実のところ私は元々エアコンの乾燥した風がどうも苦手で、普段から特に寒い日を除くとスイッチをつけない日も結構多かった。そんなこともあって、これまでも部屋では結構厚着をして過ごす癖がついていて、節電を意識していても、以前とそれほど変わらずに過ごすことができている。

 もう一つは、車の運転。一時期ガソリン不足が話題になった影響で、ガソリンを無駄遣いしないように、あまりアクセルを踏み込まないエコ運転を心がけていた。実際、震災直後の1週間は、走っている車の多くがエコ運転をしていた関係か、どの車も非常にゆっくり走っていたように思う。ただ、私自身は以前からスピードをあまり出さずにのんびり運転するタイプだったので、周りの車に合わせてゆっくり走っても特にストレスを感じることもなかったと思う。

 他にも震災当日や計画停電のときにエレベータが使えずに歩いて階段を登ったときは結構きつく感じたが、よくよく考えてみれば登山のときよりも持っている荷物は少ないし、足の疲れも一時的でマラソンのときのように後に残ることもない。

 これまでのペースが良かったのかどうかはわからないが、新年度に入って気分を切り替えても、普段の生活ペースをそれほど変える必要はなさそうである。ひとつだけ、ブログの更新のペースは4日ごとに変えて、次回からは思いついたことだけでなく、もう少し調べて文章を書くことにしよう。

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2013年8月 8日 (木)

(再掲載その5)朝起きる「習慣」

****2011年2月14日掲載****

 連休や長期休暇などの際、生活リズムが崩れることがよくある。また、朝きまった時刻に目を覚ますようにしておかないと、休み明けが少々つらい。こういうことは、誰でも感じていることだと思う。

 このような人間の生活リズムについて、結構前から科学的な研究が進んでいて、ちょっと調べただけでそれなりの知識が得られる。どれも同じようなことが書いてある割には引用元がどこなのかよくわからないのが難点だが、次のことは一般によく知られていることのようである。

  • 人間の体にはリズムを司る体内時計がそなわっている(約25時間周期)
  • その主となるものは目の神経と関係があり、「朝」の太陽光でリズムを調整して24時間周期に合わせる
  • 肝臓や皮膚などは、光ではなく食事の時間(特に朝食)でリズムを調整する体内時計を持っている

 朝きちんと活動することが生活リズムの維持に重要であることは、これを見ただけでもよくわかる。しかし、体内時計が約25時間周期でちょっとずれているのがくせものである。また、「朝」の太陽光や食事の時間で調整することができると言っているが、人間は機械ではないので、スイッチを押すように切り替わる訳ではない。

 では、どうすればよいのか。こういうときに「朝起きる習慣をつける」と言うことが多いと思う。間違ってはいないだろうが、私には少し違和感がある。例えば、広辞苑で「習慣」の意味を調べると、「日常の決まりきった行い」「少ない努力で反復できる行動様式」などと書いてある。意味はわかるのだが、何だか他人事のようにあっさりした言葉に感じてしまうのは私だけだろうか。

 実際、私自身、朝きまった時刻に起きるようにするために日ごろから多くの努力が必要だと考えているし、そもそも「約25時間周期の体内時計を毎日24時間周期に調整すること」を少ない努力で反復できるような日常の決まりきった行動様式にできるとは思えない。

 こういうときには、いろいろと悩むより、前回の記事と同じように英語にしてみるといいかもしれない。例えば「practice」という単語。これを日本語にすると、「習慣」「練習」「実行」などの言葉が現れる。この言葉を使って「朝起きる練習をする」「朝起きることを実行する」などと言いかえてみる。こうしてみると、生活リズムを調整するために何をすべきかはっきりしてくると思う。

 良い生活リズムで毎日過ごすことを、広辞苑に書いてあるような「習慣」にするのではなく、「practice」にすることが重要だろう。そういう意味で、日ごろからの「practice」を大切にしていくことにしよう。

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2013年8月 4日 (日)

(再掲載その4)学習って何?

****2011年2月10日掲載****

 「学習」というと何を連想するだろうか。高校生までの人は「授業」「宿題」や「受験勉強」などが挙がるかもしれない。では、大学生やそれ以上の大人ならどうか。ちょっと考えてみたが、一言で表せる言葉が思い浮かばなかったので、少し調べてみることにした。

 今手元にある辞書を見ると、広辞苑(第五版)の「学習」の意味は

  • まなびならうこと
  • 過去の経験の上に立って、新しい知識や技術を習得すること
  • 行動が経験によって多少とも持続的に変容を示すこと

などとある。ついでに「習う」も調べてみたら次のように書いてあった。

  • 繰り返し修め行う
  • 教えられて自分の身につける

他にも、例えば、英英辞典(OXFORD Advanced Learner's Dictionary)の「learn」を見ると

  • to gain knowledge or skill by study, experience or being taught

で、日本語の「学習」「習う」の意味とほぼ同じである。

 これらを見ると、「経験 (experience)」という言葉が重要なキーワードになっているようである。そこで「experience」の意味もさっきの英英辞典で調べてみると

  • the process of gaining knowledge or skill over a period of time through seeing and doing things rather than through studying

というように、「learn」の意味を補完する内容となっている。(ちなみに、広辞苑でも「経験」を調べましたが、私のような理系人間にはちょっとわかりにくい表現で、この言葉を重く考えすぎているような気がしたのであえて引用しません。)

 英英辞典に書いてある「learn」にあるように、「勉強や研究(study)」「経験(experience)」「教わる(being taught)」ということで知識や技能を得ていくことが「学習」の意味としてふさわしいようである。

 こうしてみると、大学生やそれ以上の大人の人が「学習」という言葉から連想するべき事柄が見えてきた。というより、私自身、辞書にこれだけはっきり書いてあるのに、今まで「経験」という言葉を連想できなかったことを反省するべきかもしれない。

 また、人から「教わる」ことだけでなく、自ら「勉強」あるいは「経験」して、初めて「学習」したことになる、ということを再認識できた。私もまだまだ分からないことがたくさんあるので、いろいろと「学習」をしていくよう心がけることにしよう。

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