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2013年3月

2013年3月29日 (金)

「近い」「遠い」の意味

 今は年度の変わり目で、4月から新しい環境へ以降する準備をする時期。私自身は、特別に変化はないのだが、4月から違うところへ移る人は、今は結構慌ただしい時期だろう。

 そういう中で、例えば「これまで近いところはよかったのに、遠いところへ移るのは不安」といった気持ちになることはよくある。そんなことを考えていたら、ふと、そもそも「近い」とか「遠い」という言葉の意味を辞書で調べたことがないな、ということに気がついた。そんなこともあって、最近広辞苑を開く機会が減ってきていたのだが、久しぶりに広辞苑を開いてみることにした。

 広辞苑の「近い」「遠い」の項目にはいろいろな意味が並んでいるが、その基になると考えられる、各項目の最初に書かれている文章は次のようになっている。

「近い」... 距離のへだたりが小さい
「遠い」... 空間のへだたりが大きい

 「近い」と「遠い」は反義語だとは思うが、広辞苑では、近いは「距離」のへだたりなのに対して、遠いは「空間」のへだたりについて考えているところが微妙に異なる。

 何が違うのか。例えば、「距離」を広辞苑で調べると

1. へだたり
2. 2点を結ぶ線分の長さ

の2つが書かれている。この中で「近い」の意味で使われているのは2番目の「2点を結ぶ線分の長さ」と考えるのが妥当だろう。

 もう一つ、「空間」の方は、哲学や数学で使われる難しそうなものは除いて考えると、

1. 物体が存在しない、相当に広がりのある部分。空いている部分。

ということなので、今の場合は「空間=空いている部分」と捉えるのが妥当だと思う。

 そうすると、「近い=距離のへだたりが小さい」の方は「2つのものの間の長さが小さい」という具体的な意味なのに対して、「遠い=空間のへだたりが大きい」の方は「空いている部分が大きい」という、何とも漠然とした感じになっている、という点が、「近い」と「遠い」の意味の微妙な違い、ということになるだろう。

 何故、広辞苑でこうなっているのかはわからない。ただ、例えば最初にも書いた「これまで近いところはよかったのに、遠いところへ移るのは不安」という気持ちの「近い」「遠い」の意味としてピタリ一致しているようだ。

 要するに、「近いところはよかった」の「近い」は、ものや人、あるいは気持ち的な面まで含め、「2つのものの間」を考えているのに対して、「遠いところへ移るのは不安」というのは、今までの自分自身が知らない部分も含む「空いている部分」について考えている、ということである。

 ここまではわかった。次に「近い」「遠い」の意味を理解するために必要なのは、文章の最後にある「小さい」とか「大きい」とは何か、ということになるが、この点は理屈ではなく感覚的な問題になってくる。

 私自身は偉そうなことが言える立場ではないが、こういったときに大事なのは「遠い」の意味にあたる「空いている部分が大きい」の「大きい」という量を過大評価しすぎないことだと思っている。

 当然、自分自身が知らない「空いている部分」があるのは仕方がない。ただ、むやみに過大評価をして不安を増大させることがないようにするべきだと思う。また、そうやって考えれば、「近い」とか「遠い」という言葉の意味を冷静に捉えることができるような気もしてくる。

 ということで、今回は久しぶりに広辞苑を使っていろいろと調べてみた。こうやって広辞苑を見ると、「これまでより距離が離れる」ということだけで「遠い」と言ってしまうのは、必ずしも正しくはない気もしてくる。そんなことでも考えながら、この不安が残る中途半端な時期を乗り越えていけるといいかもしれない。

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2013年3月25日 (月)

かなりローカルな話題

 先週はお彼岸だったが、お彼岸の間は出張を含め仕事を休むことが出来ず、お墓参りは空いている時間にちょっとよっただけ、という感じになってしまった。それでも、こういうものは気持ちが大事だと思うので、ちょっとでもよる時間を作ることができてホッとしている。

 ところで、丁度去年のこの時期(2012年3月26日)に、家のお墓がある埼玉県川口市の霊園の近くに火葬施設が設置され計画がある、という話を紹介したが、最近、その火葬施設の基本設計がまとまった、という話があったそうだ。

 1年前にこのブログで紹介したとはいえ、かなりローカルな話題なので興味がない人がほとんどかもしれないが、今回は正直なところ忙しかったこともあって他にネタを探す時間がとれなかったので、施設が設置される予定の場所の現況を写真を簡単に紹介する。

 まず、どのような話かというと、現在ある首都高速に川口PAと隣接する形で「歴史自然公園」と「火葬施設」を設置し、公園は首都高速川口PAから直接入園できる「ハイウェイオアシス」の形に整備する計画らしい。

 現状では基本設計が完了しただけで、用地買収等を含めた整備はこれから、ということだが、その場所の現況の写真を撮って来た。

 例えば、次の写真は火葬施設の駐車場が出来る予定の、川口PAのすぐとなりのところ。

F1250002

 また、その奥に設置される計画の火葬施設の予定地は次の通り。

F1250001

 見てわかるように、予定されている場所は現在何もない空き地の状態である。

 今度は、公園が出来る予定地。

F1250003

 すぐ横で農家の方が農作業をしていたが、公園の予定地のところは基本的に空き地の状態のようだが、かなり広大な敷地のようだ。

 また、周辺では反対運動の看板なども見当たらず、計画は順調に進んでいる様子である。

 ということで、今回はこれくらいしか載せることがないので、ここまで。かなりローカルな話題で興味がない人がほとんどかもしれないが、火葬施設・公園・高速PAの組み合わせ、というのは結構斬新な気もするし、お墓参りのついでに近くにある大きな公園でのんびり過ごす(あるいは大きな公園でのんびり過ごすついでにお墓参りをする)、というのも悪くないと思うので、またこの件について何か変化があったときにはブログで紹介したいと思っている。

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2013年3月21日 (木)

問題を解決する人?

 前回はネタを書かなかったが、少し気分を変えていきたい。ということで、普段の新聞とは違うところからネタを探してみた。まあ、自分自身の英語の勉強のため、という目的もあるのだが、今回は海外の週刊誌「TIME」に載っていた記事を簡単に紹介しようと思っている。

 そのTIME誌、日本で見るのは「アジア版」だからか、どの号も特別な話題がない限りは、世界的な視点で見た「アジア」に関する記事、例えば中東の紛争・北朝鮮やイランの核開発の話などが多い。そして、そんな記事の合間に、アメリカの社会的な話題や文化など、という構成になっているようだ。

 例えば、今月11日号(MARCH 11, 2013)は、まず最近の話題として南アフリカの義足でオリンピックに出場した選手が恋人を射殺してしまった事件。その次はアジアでの深刻な話題としてイランの問題の話が続く。

 このような感じで、どの号でも特別明るい話題がないときには、何となく暗いイメージの話題が先に書かれている印象を受けるが、この号では、イランの問題の次は「SOCIETY | PUZZLE(社会 | パズル)」の話になっていた。

 これは「THE ANSWER MEN -- Meet the best problem solvers in America」と題された記事。直訳すると「解答する人 -- アメリカで最も優れた問題解決能力(パズルを解く能力)を持つ人に会う」という感じだろうか。写真を見ると、素人目には単なるゲームおたくが並んでいるようにしか見えないが、その中の中心人物は「the World Puzzle Championship(世界パズル選手権)」で4度も優勝した強者らしい。

(ちなみに、ここでいう「パズル」とは、例えば「数独」のように、ある規則に従って数字を並べ替えたりするような問題を指している。)

 また、記事ではこの人を「a former Google coder who quit to design and solve puzzles full time」と紹介している。直訳すると「かつてGoogleのコンピュータ技術者(プログラマ)だったが、常時(full time: 職業として)パズルをデザインしたり解いたりできるように会社を辞めてしまった人」という感じだろうか。

 「何故、パズルおたくの話がイランの問題の次?」と思ってしまうが、まだ記事には続きがある。さらに読み進めていくと、「パズル」を非常に知的なものとして扱っていることがわかってくる。

 例えば、記事の中盤辺りには「They're pure-logic problems.(パズルは純粋に論理が試される問題)」「There's no trigonometry, no higher math.(パズルには三角関数やレベルの高い数学は現れない)」といった文章や、「What's great about it is, you don't need a Ph. D in math.(パズルの何が素晴らしいかというと、(解ける能力の示すために)数学の博士号は必要ない、ということだ)」というコメントが書かれていたりする。

 念のために補足すると、これらの文の意味は、数学的な素養・センスがあることを前提とした上で「数学の知識はなくても素養があればパズルは解ける」と、数学の出来る人が言っている、ということである。まあ、これにはパズルにはまって抜けられなくなってしまう人に対する多少の皮肉も含まれるかもしれないが、パズルを数学的な素養・センスが試される知的な問題と捉えているのは間違いない。

 この記事では、そんな能力のある人の中で、ベストのパフォーマンスが出せる人たちを「the best problem solvers in America」と呼んでいるようだ。記事はまだ続くが、これはパズルおたくの話ではなく、もう少し広い意味で数学的な素養・センスのある人たちの話をしているらしい。

 こうやって読んでいくうちに少し感じ方が変わってきた。少々洒落の部分もあると思うが、アメリカの人は、「難解な問題を解ける人(=数学が出来る人)がこの国にいる」ということが「アメリカの能力の高さ」を象徴するものの一つ、と捉えているのかもしれない。

 そう考えると、すぐには解決しそうもない深刻なイランの問題の次がこの話題になる構成もありかな、という気分になってくる。パズルが解けるだけでは駄目だろうが、「そういった能力(=数学的な素養・センス)を武器にして世の中の複雑な問題を解決できるといいかも?」という感じだろうか。

 ということで、今回はいつもと気分を変えるために、ネタを探すところを変えてみた。まあ、実際には私は英語はそれほど得意ではないので、こういった記事はたまにしか紹介できないかもしれないが、日本の新聞だけでなく、海外の雑誌を見るのも悪くなさそうだ。

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2013年3月17日 (日)

仕方がないので...

 以前から、何が楽しいのか、中身を読むことを目的とせずに数秒間に数十回、あるいはそれ以上もカウントを増やす苦労をして人がいることは把握してましたが、別に実害はなかったのでこれまで無視してました。ただ、それでは満足していないようなので、(個人的にはそんな人を相手にしたくありませんが)本当に仕方がないのでブログで取り上げることにしました。

 まあ、いたずらでやっているのかどうかはともかく、こんな風になってはカウンターの意味がないため、これも仕方なくブログのページからカウンター表示をなくすことにしました。ご了承ください。

 ただ、中身を読むことなく異常なまでにカウンター数を増やして面白がっている人には何の関係もありませんが、年末に「今年のこのブログを振り返る」や「今年92回目の更新」にも書いたように、意外なキーワードでこのブログが検索上位に現れたりしていて、そんなキーワードなどから偶然このブログの内容が気になって訪問している方々がいるかもしれません。偶然かもしれませんが、訪問して頂いた方には大変感謝いたします。

 また、このブログに定期的にアクセスして文章を読んで頂いている皆様、ありがとうございます。そんな意味でも4日ごとのブログ更新ペースを崩す気はありませんが、このブログは子供染みた人を相手に書いている訳ではないため、いつも読んでくださっている方々には大変申し訳ありませんが、今回は新しいネタはなしにして、これで文章を終わりにすることをお許し頂きたいと思っています。

また4日後には更新しますので、今後ともよろしくお願いします。

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追伸: これを機会に、コメントを名前とe-mailアドレスがないと受け付けないように設定変更しました。最近特にコメントはなかったため実害はないと思いますが、ご了承ください。また、コメント自体は受け付けますが(公開を希望されない限り)原則として非公開にします。

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2013年3月13日 (水)

環境の変化が気になる?

 先週から今週にかけて、何かと忙しくブログのネタを探す時間もあまり取れなかったが、今回はちょっと探しただけではあるが、また新聞やネットで気になった話題をいくつか簡単にとり上げてみたい。

(1)
 東日本大震災からおとといで丸2年になるが、その数日前に「日本列島、東へずれる=つくば市、2年で88センチ―巨大地震地殻変動【震災2年】」という記事が時事通信ドットコムにあるのを見つけた。それは、国土地理院の3月8日に発表した内容を伝えるもので、具体的には「つくば市では巨大地震の発生直後に約65センチ、その後2年でさらに約23センチ東へずれ、移動幅は計約88センチに上った」と書かれている。ここ数日間、テレビや新聞では被災地の現状を伝える記事が多かったが、「88センチもずれた」などと聞くと、改めて東日本大震災のすごさを実感する。

(2)
 話は変わるが、この前の日曜日、関東では昼の暖かさから一転、冷たい風が吹き、煙霧(土埃)と言われる現象で一時視界が非常に悪くなった。また、報道によると、練馬ではこの日の寒暖差が25度を越え、夏日の暖かさ(28.8度)から一転して夜に寒くなり最低気温が2.3度にまで下がったそうだ。実は、私はこの日の午後はちょうどグランドに出ていたので、実際に煙霧や寒暖差を直接感じていて、この風や気温の急激な変化は異常だとは思っていたが、こうやって具体的に報道を聞くと、やはり気候が以前とは違って来ているのかもしれない、などと心配になってくる。

(3)
 もうひとつ、現在の話ではなく350万年も前の話らしいが、3月10日の新聞に「北極圏にラクダ! いえ350万年前の話」という記事があった。それによると、カナダや英国の研究チームが350万年前の北極圏にラクダがいた証拠を見つけたそうだ。当時の地球全体の平均気温は現在より2から3度ほど高かったそうだが、今回ラクダがいた証拠を見つけたカナダのエルズミア島というところは差が激しく、現在よりも平均気温が18度程度も高かったと書かれている。といっても北極圏なので18度高くなっても気温は0度程度にしかならないが、ラクダは暑そうな砂漠地帯にいる割に砂漠の大きな寒暖差(時には0度くらいになるらしい)にも耐えることができるため、実は寒さにも強いそうだ。
 まあ、この島の平均気温の変化の原因が地震などによる島の移動にあるかどうかわからないが、現在の気象の変化を考えると、人間も生き抜いていくためには、ラクダのようにある程度の変化に耐えていけるようにする必要があるかもしれない。

 ということで、今回は天変地異というほどではないかもしれないが、何となく日本の環境の変化が気になる、という感じのものをとりあげてみた。それぞれは全く独立した記事なのだが、偶然この数日間の新聞をまとめて読んだ際に「日本列島の移動」「煙霧(土埃)と寒暖差」と「平均気温の変化・砂漠(砂嵐)・寒暖差」の記事をほぼ同時に読んだので、何となく結びつけてみたかった、ということでもある。

 いろいろと忙しかったため、今回はこれくらいにしたい。また機会があったら、これらのことについてもう少し詳しく考えてみたい。

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2013年3月 9日 (土)

出張で仙台へ

 今週は、出張で仙台へ行ってきた。

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 他にもいろいろと忙しかったこともあってブログの文章を書く暇がとれなかったこともあるので、今回はそのときに撮った写真を簡単に紹介したいと思う。

 まずは、仙台駅前から一番町まで続くアーケード街を歩いてみた。

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 来週の11日で大震災から丸2年になるが、仙台の中心街は見た目には震災の影響を感じることはできないようだ。写真は朝のあまり人がいないタイミングに撮ったが心配はご無用。昼や夕方・夜は普通に賑わっている。

 また、一番町のアーケード街と青葉通りの交差点では、地下鉄の駅の新設工事が行われていたり、復興が進んでいる様子も見ることができる。

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 大震災で被災した範囲は非常に広大で、全体の復興にはまだまだ時間がかかるとは思うが、仙台の中心街の復興を足がかりに東北全体の復興へと繋がればいいだろう。

 次に、出張中に空いた時間がとれたので、時間が許す範囲で電車へのって移動してみた。乗った電車は常磐線。仙台から南下して、相馬方面へ向かう電車である。

 といっても、実際には津波の影響などで全線が開通している訳ではなく、仙台駅から直接だと亘理駅というところまでしか電車で行けない。

P3071200

 なお、3月16日からは、この次の浜吉田駅というところまで行けるようになるようだ。少しずつだが、ここでも復旧が進んでいる。

 ここから相馬方面へ行くには代行バスに乗り換える。

P3071181

 代行バスは、国道6号線を通る。国道6号線の多くは津波の被害を免れることができたらしいのだが、一部の場所には津波が到達したようだ。次の写真は、ちょうどその辺りの風景を撮ったもの。

P3071183

 写真を撮った場所は、常磐線の駅では、だいたい坂元駅というところの付近のようだが、海の方を見てもほとんど何もない。

 ただ、国道から海の方を見渡せる場所はそれほど多くはなく(だからこそ多くの部分は津波の被害を免れたのだろう)、あとは普通によく見かける田園風景が広がっている。

 バスに乗ってそんな風景を見ながら1時間とちょっとで相馬駅に到着。

P3071185

 ここから先は、南相馬市の原ノ町駅まで電車が折り返し運転をしているので、再び電車に乗り換える。

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 乗り換えてから3つ目の駅が南相馬市の原ノ町駅になる。

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 原発事故の影響で、ここから先は、電車はもちろん、代行バスもなく、JRではここから先へ行くことはできない。

 もう少し時間があったら、もっとたくさん見てまわたかもしれないが、遊びにきた訳ではないので仕方がない。

 軽く見ただけで、実際には大震災の爪痕が残っている場所はそれほど見ることができなかったが、見た範囲では、2年ほどたち基本的には落ち着きを取り戻している印象を受けた。

 最後は、仙台といえば牛タン、ということで、仙台駅へ戻ってきてから食べた牛タン定食の写真を載せて今回は終わりにしたい。

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2013年3月 5日 (火)

将棋の電王戦に向けて

 年末、2012年12月23日のブログで簡単に触れただけだったが、コンピュータとプロの棋士が対戦する将棋の電王戦が、今月の後半から始まるようだ。少し前の新聞だが、2月18日の朝日新聞に、この電王戦のために出場棋士が集まって特訓をした、という記事があった。

 そこには、「練習は人間側の負け越し」「プログラムの判断力向上」などの文字が並び、雰囲気的に人間側が苦戦する感じを漂わせている。練習では、考えるための「持ち時間」が10分だけ(本番では4時間)という形で、コンピュータ有利の状況で対戦したようだが、それでも現在のコンピュータ将棋の実力は「プロの棋士でもじっくり考えなければ勝てない」というレベルらしい。

 まあ、このブログの「脳が活性化する箇所(2012年11月29日)」のときに書いたが、「プロ棋士が持つ直観的思考回路は特別なものではなく、素人でも地道な訓練によって養われる」ということがfMRIの測定による脳の神経回路の分析で科学的に示されているようなので、コンピュータ将棋がプロ棋士に匹敵するレベルに達したとしても不思議ではないかもしれない。

 ただ、(これも11月29日のブログに書いたことだが)その脳の調査のときには「将棋の大会で上位の成績の人には賞金が出る」という前提の元で将棋の素人の人が訓練をした結果を分析したものである。一方コンピュータのプログラムは、当たり前だが、賞金目当てではなく、純粋に勝つために将棋に取り組むようになっている。

 また、人同士の対戦の場合、もしかしたら、ある程度の流れが形成された段階で(その瞬間の将棋の盤面とは別に)勝敗の判断を暗黙のうちにしてしまうことがあるかもしれないが、コンピュータのプログラムはそんな思考はしないだろう。

 他にも、かつてチェスの世界チャンピョンが始めてコンピュータに破れた際の敗因の分析の中で「人間は疲れて判断力が鈍ることがあるが、コンピュータは疲れない」といった話があったような気もする。あと、「最後まであきらめない」という点もコンピュータの特徴の一つかもしれない。

 これらを野球で例えると、技術・センスが一流のプロ野球選手やメジャー・リーガーが、一流の監督と同様に様々な状況に対応できる判断力を持ち、さらに高校野球の選手のように最後まで諦めずに全力でプレーしている、という感じだろうか。

 そんな相手と指しで勝負する人は、さぞかしやりにくいだろうと思う。ただ、そんな中でも、コンピュータ・プログラムは人間が作るものだから、実は人間的な要素があって、たまにはミスをおかすことがあったりするかもしれない、などと期待してしまう。

 そう考えると、個人的には、勝負そのものよりも、プロ棋士がコンピュータのミスを誘うような一手を打てるかどうか、という点に注目するのが面白いような気がする。

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2013年3月 1日 (金)

そろそろ春の準備も?

 この前の土・日に到来した猛烈な寒波もおさまったのか、昨日は比較的過ごしやすい一日だった。そして、今日から3月。まだ、春には早いとは思うが、徐々にその兆しが見えてくる頃になってきた。

 そんなことを考えていたら、ふと2年ほど前にブログに書いた「春への準備(2011年2月26日)」と「春の始まり?(2011年3月2日)」の文章を読み返してみたくなった。昨年から、ブログのネタというと最近の新聞などからの話題が多いが、たまには過去に書いた文章を取り上げるのも悪くないだろう。

 2年前のこの時期は、東日本大震災の直前だった。震災直後にこれらの文章を見たときには、「震災直前で何も考えずに気楽なことを書いていたな」などという気分にもなったが、2年も経って読み直すと、そんな気分は薄れて普通の気持ちで読むことができるようだ。

 別に、悪い意味で言っている訳ではない。例えば、「春への準備」の最初の段落を改めて見てみると...

 「春夏秋冬というように、四季の中でも「春」は1年の最初の季節という意識を持っている人が多いと思う。また、英語の「spring」には「春」の他にも「泉」「バネ」といった、「何かが湧き出す所」「伸びる・飛躍する」というものを連想させる意味も含まれている。こんなところにも「春」に何かを期待をする気持ちが表れているのかもしれない。」

などと2年前に書いたが、震災直後の気分とは異なり、今読めば「春」に対する期待を良い意味で素直に感じることができるような気がする、といったところである。

 ところで、その2年前の文章には、(2年前は)2月25日に東京で春一番が吹いて気温が20度以上になった、となっていた。今年は、この前の土・日に猛烈な寒波が到来して非常に寒かったことを考えると少し先になるかもしれないが(と朝書いたが、実は今日関東でも春一番が吹きました)、例年と同じようなペースで過ごそうと思ったら(再び2年前の文章を引用すると)「そろそろ春にいいスタートが切れるように準備をしておいた方がいい時期になってきた」といったところだと思う。

 ただ、「気持ちの方はまだ冬で、先日まで雪や寒さの対策を考えていた気分が抜けていない。それに準備といっても、この時期には春に起こることがあまり明確になっていない部分が多いのが難点」というのもその通りで、気にすればするほど心配事ばかり増えてしまうかもしれない。

 それに、「特に4月初旬の新しい環境に変わったばかりの時には、環境に慣れるための時間や、想定外のことへ対処するための時間的余裕などが必要」ということも考慮しておきたい。

 そんなことを考えると、まだ外は寒くて「春」というには若干早いかもしれないが、ちょうど3月に入ってキリがいい今日から、気分を切り替えてやるべきことをやっておき、4月に入ったときには何となくゆとりを持てるようにしておきたい。

 ということで、今回は、季節の変わり目に考えることは毎年それほど変わらないし、毎回毎回新しいネタを書かなければならない訳でもないと思って、何となく2年前の自分が書いたものから抜き出したりしながら(主に「」のところが抜き出しの部分)文章を書いてみた。

 まあ、高校生・中学生などは期末試験があって、春のことを気にするどころではない、と感じるかもしれないが、それが数日後に終わった後は、いよいよ春の準備ということになる。今年受験だった人は、決まった進路に合わせてすでに準備を進めているかもしれない。

 その他、4月になると何らかの形で環境が変わる人を含めて、気分の切り替えと4月からの心のゆとり、ということを考えながら3月を充実させることができるようになるといいと思う。

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