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2012年7月

2012年7月28日 (土)

(本の紹介)数学は最善世界の夢を見るか

 社会人の方は、今は仕事が忙しく休めるのはずっと先になるし、外は梅雨があけたようで夏の厳しい暑さが続き、気分的にめいってしまいがちな今の時期。かといって、ここで何もしないで過ごしていても特にいいことはなさそうな気がする。

 一方、中高生や大学生などは、これから長い夏休みに入る。いろいろと計画を立てている人もいるとは思うが、中には長期休暇の間に何か意味のある勉強をしてみたいと思っている人もいるかもしれない。

 そんなとき、勉強をかねた読書をしてみたらどうだろうか。ということで、久しぶりに数学にまつわる本を今回と次回の2回に分けて紹介してみたい。

 最初に書いておくと、今回と次回に分けて紹介する計2冊の本は、最近よく見かける手軽な算数・数学の読み物に飽きた人が、もう少し読み応えのある(難しい)数学の読み物を読んでみたいと思ったときに適している本なのだが、正直なところ結構高額な上にページ数も300から400ページもある。

 だから、読んでみたいと思った人は、とりあえず図書館などで探して試しに読んでみて、さらに時間をかけて読みたくなったら購入してみる、という感じがいいと思う。

 今回紹介する本は「数学は最善世界の夢を見るか?(みすず書房)」(3600円+税)というタイトルの本で、近代科学の発展の歴史の中で数学がどのように関わってきたのか、といったことが書かれている。ある程度の数学に対する興味・知識がないと全部通して読むのはきついかもしれないので、難しいと感じる部分は飛ばしながら読み進めていってもいい。

 そんな内容の本を私がこのブログで紹介しようと思った理由のひとつは、この本の最初の章にある。その最初にある第1章には「時を刻む」と題して、「正確な時刻を測る」ことに関する話が、第2章の「近代科学の誕生」に先立って詳しく書かれている。

 内容を要約すると、ガリレオの唱えた「振り子の周期は振り子の長さによっては変わるが、揺れの大きさやおもりの重さには影響を受けない」という性質は、厳密には間違っていたが、そのアイディアが後の科学の発展に大きな影響を与えた、という感じとなる。

 ガリレオといえば、ピサの斜塔で重さの異なるものを落下させる有名な実験のことを思い出すが、何故ガリレオが「重さの異なるものが同時に落下する」という事実を調べる必要があったか、ということは知らない人が多いのではないだろうか。

 この本の第1章を読むと、その理由が何となくわかってくると同時に,科学の発展の中で「計測する(時を測る)」ことが如何に重要かという点を考えることができると思う。

 また、この本の主題は「最小作用の原理」「最適化理論」という話なのだが、この最初の章は、「時を正確に測る」ために「最適な形」の振り子を得るまでの歴史が数学の知識がない人にもわかるように書かれていて、その後の章にある少々難解な話の理解を助けているような気もする。

 あと、これは蛇足だが、このブログで先日とりあげた「うるう秒」の話に関連して、この第1章を読むと「時刻」に関する歴史を知ることもできる。

 第2章以降は、たぶん著者の癖なのだろうが、具体例をあげたり、話が脇道にそれながら、いろいろなことを書いているので何が重要なのかわかりにくい部分がある。ただ、その具体例や脇道にそれた話の中に結構面白いものもあったりする。

 例えば、動物の生態系は環境によって複雑に変化する、という話の具体例として203ページから204ページに載っている、「南アフリカ西海岸に近いマルガス島海域ではバイガイを食べるロブスターが生態系の最上位にいるが、そこから4kmほど離れたマーカス島海域ではバイガイがロブスターを食べてしまうため、ロブスターは全くいない」という話などは、私自身が面白いと感じた話のひとつである。

 また、本文ではなく巻末にある付録の部分だが、「付録3 運動の幾何学」のところは(脇道にそれることなく)普通に数学と科学の関わりについて書いてある。付録と言っても50ページ近い分量があるので、この部分を読むだけでも数学や科学の勉強になるだろう。

 ということで、今回はここまでにするが、次回は別の本の紹介をする予定にしている。最近、数学や算数に関する本をよく書店で見かけるが、個人的には、どれも少々物足りないような気がしている。一方、今回紹介した本は、逆に内容的に重すぎる印象を与えるかもしれないが、たまにはそういった本にチャレンジしてみるのも悪くないと思う。

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追伸:
今回(7月28日)と次回(8月1日)は、私の仕事の都合により、コメントの受け付けはしますが返答・公開はお休みさせていただきます。(今回と次回については、コメントが公開されないのは単に私の仕事の都合です。)
なお、ブログの更新はいつも通り4日ごとに行います。

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2012年7月24日 (火)

夏休みの登山(その1)

 意味不明な内容や言葉遣いがなっていないコメントをする中高生の話を少し前に書いたが、このブログの内容を全く理解せず、自分たちの世界(学校)が全てだと考えているかのような行動は正直なところ見るに耐えない。本当にお恥ずかしい限りである。

 ただ、このような中高生はごく一部で、実際にはもう少し健全な生活を送っている人の方が多い。今回は、おととい・昨日の2日間、そういう普通の高校生(といっても今時の高校生という感じだが)を連れて山へ行ってきたので、そのときの写真を載せることにした。

 行ったのは「瑞牆(みずがき)山」と「金峰(きんぷ)山」。山梨県の韮崎からバスで1時間程度北上したところにある「瑞牆山荘」から始まる登山道を通っていく。

 初日のおとといは、「瑞牆(みずがき)山」へ登った。天気があまりよくなかったので、今回は山頂(標高2230m)の看板、頂上付近に咲いていたシャクナゲの花、途中にある沢の清流の3つの写真を載せておこう。

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 初日の下山後、テントを張るキャンプ場の近くにある水場でおいしい水を飲む。

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わき水をそのままパイプで集めているようだが、こういった自然の水も登山の楽しみの一つだと私は思っている。

 2日目となる昨日は、「金峰(きんぷ)山」へ登った。この日も朝の天気はあまり良くなかったが、森林限界を超えた辺りは雲の上で、きれいな雲海を見る事ができた。

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 もう少し歩いていくと、岩の間にシャクナゲらしき花が咲いていた。

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 もう少しで金峰山山頂、というところ。手前にある、少し突き出した感じの岩は「五丈岩」。

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 そして山頂に到着。標高は2599m。(ちなみに、地図には2595mと書いてあるが、ここでは山頂の看板に書いてある方を採用する。)

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 山頂からは、雲海の向こうに八ヶ岳を見ることもできた。

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 ということで、今回はここまで。正直なところ、今回は仕事の疲れと足の若干の痛みが重なったからか、高校生のペースについていくことができず、少し遅れをとってしまった。学校が夏休みの間もいろいろとやることがあるが、休息も忘れずにできるだけ早く疲れを取って、今後に備えていく必要があるようだ。

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2012年7月20日 (金)

「自覚」を広辞苑で調べる

 前回も書いたが、少し立ち止まって考える今の時期。こんなとき、例えば「自覚するべき」などと言うことがある。

 「自覚」は、自分自身でいろいろと反省をした上で今後のことを考えるために必要なことなのだが、単純な言葉だからか、何となく深く考えずに気楽に使ってしまうようなところもあるかもしれない。

 そこで今回は、この「自覚」という言葉をもう少し深く理解するために、辞書を使って調べてみることにした。例えば、広辞苑で「自覚」を調べると

(ア)自分のあり方をわきまえること。自己自身の置かれている一定の状況を媒介として、そこにおける自己の位置・能力・価値・義務・使命などを知ること。「勉強不足を−−する」
(イ)自分で感じとること。

と書かれている。堅苦しい感じの文面だが、例文を「勉強不足を自覚する」としているところなどを見ると、広辞苑のこの項目を書いた人も、「自覚」という言葉を、「勉強不足」などについて反省が必要な場合に使われることを意識しているように思える。

 さらに、この項目に書かれている内容を調べていく。例えば「わきまえる」という言葉を広辞苑で調べると、

・物の道理を十分に知る。よく判断してふるまう。ものの区別を知る。弁別する。

と書かれている。例文には古典の分野からのものも含まれるが、それ以外には「礼儀をわきまえる」「場所柄をわきまえない振舞」などという例文も書かれている。こちらの方は、普段の態度などに関する反省などを意識しているようだが、これも「自覚」という言葉の意味に含まれることに注意したい。

 また、もう少し広辞苑に書かれた内容を理解するためには、もうひとつ別の辞書をみてみるといいかもしれない。例えば、大辞林で「自覚」を調べると

・自分自身の立場・状態・能力などをよく知ること。わきまえること。

とある。広辞苑と同じように見えるがちょっと違うような気もする。例えば、広辞苑には「知ること」の中に「義務・使命」が含まれているが、大辞林の方はそうではないようにも見える。

 この点は、私は「自覚」の意味の中に「義務・使命などを知ること」が含まれている広辞苑の方を支持したい。さらに付け加えると、例えば「義務」を広辞苑で調べると

・自己の立場に応じてしなければならないこと。また、してはならないこと。

となっているが、「自覚」という言葉の意味には、「義務を知る」すなわち「自己の立場に応じてしなければならないことを知る」ことは含まれるべきだと思う。

 前回の話にある「結果」「習慣」と同様に「自覚」という言葉も、いろいろな意味が含まれているにもかかわらず、単語自体は単純で覚えやすいからか、何となく軽い気持ちで使ってしまうことがあることに対する反省の意味もこめて、今回は広辞苑でいろいろと調べてみたつもりである。

 これから夏休みになる学生・生徒などは、せっかく時間があるのだから、こういうときに辞書などで言葉の意味などを深く調べてみるのも悪くないので、是非やってみてほしい。

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2012年7月16日 (月)

夏休み直前の時期

 また、ブログ更新の日がやってきた。前回、前々回と、たくさんの方から応援コメントを頂いた。(中には英語のコメントまであり、本当にいろいろな方に読んでいただいていることが実感できます。)そんな中、今回は何を書こうかと考えてみたのだが、(前回も少し書いたが)コメントの公開・非公開のことなどが気にかかり、この4日間はブログのネタを考える気持ち的なゆとりがなかったような気がする。

 そこで、とりあえず私自身が過去に書いたブログの内容を見直しながらネタを考えていたところ、今年の4月に載せた『「進級」「進学」の意味』で書いたことを思い出した。これは、4月だったので「今は立ち止まるときではなく上へ進んでみる時期」という文章を書いてみたのだが、その最後の段落に「当然、そのうち立ち止まって考えた方がいい時期もやってくるだろうが...」ということを付け加えていた。

 よくよく考えてみると、もうすぐ夏休みに入ろうとする時期。そろそろ成績が出てくるし、他にも部活動などでは最上級生の引退など、今は学校では何らかの区切りの時期にあたる。人によって思いは様々だろうが、とりあえず立ち止まってこれまでの反省や今後にやるべきことなどを考える時期がちょうど今なのかもしれない。

 そこで今回は、最近になってこのブログを読み始めた方に過去のブログの一部を紹介する意味も含め、この時期に考えておくべきことについて、これまでに書いた文章を挙げながら話をしてみることにした。

 例えば、これまでにやってきたことの成果・結果について。このブログでは、1年以上も前になるが、去年の4月に『「結果」という単語』という文章を書いた。4月にかいたものなので「(「結果」という言葉の意味は非常に曖昧なので)この言葉の意味をあれこれ考えるよりも、何でもいいから具体的にやってみた方が、結局はいい結果が得られるような気がする」という感じで新学期を意識したないようになっている。

 その中で、このときに書いた話のポイントである、「結果」という単語の意味は非常に曖昧だ、ということを改めて今の時期に書いておくことにする。この点を忘れずに、「これまでの成果・結果」について、単に表面的な数字や勝ち負けなどにこだわるのでなく、もっと冷静に自分自身のことを振り返るようにしたい。

 一方、夏休みのような長期休暇では、生活パターンに注意が必要だろう。それにまつわる話は、もう1年半ほど前になるが、『朝起きる「習慣」』という文章の中で触れている。

 長期休暇を充実させるためには良い生活リズムで過ごす方が当然いい、ということは誰もがわかっていても、それを続けるのは少々きつい。そんなときに、このときに書いた「人間の体内時計」の話や「習慣という単語を英語にすると…」という話は、個人的には続ける意思を持続させるために役立つような気がしている。

 ということで、今の時期に合わせて、過去に書いた文章のうちの3つの紹介してみた。これらは、できるだけ客観的にこのような話をしたいと考えて、広辞苑や英英辞典などで調べて文章を書いたものなので、何となく堅苦しい感じの文面だが、言いたいことは単純明快なので、時間があるときに過去に書いたこれらの文章を見てもらいたいと思っている。

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2012年7月12日 (木)

25000を超えました

 去年は、カウンターの数が5000増えるのに半年ほどかかっていました。それが、最近急激に数が増え、20000を超えてから2ヶ月半ほどで25000を超えてしまったようです。

 カウンター数が急激に増え始めたのは「多摩川のアユの数」の話を書いた後なので、このブログのカウンター数もアユの数につられて急増した感じですが、文章をきちんと読んで頂いている皆様に改めてお礼申し上げます。

 カウンター数の急増に合わせて、コメントも増えてきました。これまでは、とにかく思いついたことを書いていた、というだけだったと思いますが、コメントが増えたこともあり、特に「更新ペースの維持」の話の後の数回は、読んで頂いていることを意識しながら丁寧に文章を書いたつもりでいます。

 また、最近、多くの応援コメントを頂くようになりました。これまで、応援のコメントなどはほとんどなかったのですが、読んで頂いている方からのこのようなコメントは本当にうれしいかぎりです。

 しかし、匿名でのコメントだからなのか、中には私にもよく意味がわからないようなコメントが混じっているような気がするのが少々残念です。実は、もう1年半以上も前になりますが、このブログを始めたばかりの頃にも同じようなことがあり、「コメント受付」という文章は、そのときに書いたものです。

 このことに少し関連するかもしれませんが、確か少し前に、ある方から「(内容について)中高生レベルでは難しいと思います。教師をしてらっしゃると前の記事でおっしゃっていたので、中高生の方々もこのブログを閲覧する機会があると思います。」というコメントを頂いたことがありました。

 この点について、いろいろと考え方があるかもしれませんが、私自身は、少々難解と思われるようなものでも理解しようと努力する中高生を応援したい、という気持ちもあります。また、最近このブログに何人もの大人の方からコメントを頂けるようなったこともありますが、せっかくインターネットを利用するスキルが中高生にはあるのですから、このような雰囲気に触れる機会があってもいいと思っています。

 ただ、コメントに関して言えば、内容・言葉遣いなどを含め、このような(学校とは違う)雰囲気を理解していないコメントが多く見受けられのが残念です。そんなこともあり、仕方なしに、少し前から公開するコメントを私の方で選んで一部を非公開にしています。

 このようなことがあると、大人の皆様の中には「言葉遣いが悪いのは学校の教育がよくないからだ」「コメントをチェックするとは、言論の自由をなんと心得るか」などの意見をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、このブログは個人的な趣味でやっているものですし、今後も私自身努力を重ねていきますので、これも私の非力さ故、とご容赦頂けたら幸いです。

 コメントの扱い方については今後も工夫が必要になるとは思いますが、このブログはこれからも現在と同様の形を維持して続けていく予定です。今後ともよろしくお願いいたします。

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2012年7月 8日 (日)

連続な線(continuous line)

 ここしばらく、新聞などで見たニュースの話題が多かったが、今回は少々気分を変えて、「一筆書き」をテーマにしてみることにした。

 「一筆書き」というと、どんなことをイメージするだろうか。例えば、Wikipediaで見ると、「ケーニヒスベルクの問題」「一筆書き可能かどうかの判定法」「一筆書きの解法」という項目があって、結構数学っぽい感じの説明が並んでいる。

 他にも、googleで「一筆書き」と検索すると、一筆書きをパズルと捉えているサイトが目につく感じがした。確かに、「一筆書き」をパズルの問題として、あるいはもう一歩進んで数学として考えるのも悪くないかもしれない。

 ただ、これだと堅苦しい感じが否めない。というか、私自身がイメージした感じとは何となく違うような気がする。もう少し気楽な感じで接することができるものはないのだろうか。

 こんなことを思ったとき、私は英語のキーワード使って検索したくなることがよくある。何故?と思う人もいるかもしれないが、別に日本語でなくとも、google検索で必要な情報が得るためのキーワードをとにかく見つけたい、という理由からである。

 ただ、今回の場合、日本語の「一筆書き」を英語で何と言うか、ということがよくわからなかった。例えばgoogleで「一筆書き 英語」などというキーワードで検索すると、それらしい英語の表現が出てはくる。しかし、それを使って英語で検索してみても、何となくパッとしない情報しか現れない。

 そんなことを何度繰り返しただろうか。検索を繰り返していくうちに、だんだん英語の表現がしぼられてくるが、最終的に残ったものは「continuous line」というキーワード。直訳すると「連続な線」という、単純で何の変哲もない言葉でしかないが、googleで

「continuous line」の画像検索

をしてみると、何と一筆書きで描かれた芸術作品の数々が一斉に現れる。私は芸術のことは全くわからないが、そんな私でも、これらを眺めていると、いたって単純な言葉「連続な線 = continuous line」の奥の深さを何となく感じることができるような気がする。

 たくさんの作品を眺めたところで、次に、このキーワードにもう一つ単語を加えて

「continuous line icon」の画像検索

をやってみた。後ろに「icon」という単語をつけると、今度は取っつきやすそうな一筆書きの図柄がたくさん現れた。これなら気楽な感じで接することができそうだ。

 ということで、何となく気に入ったもの使って、ごく簡単な一筆書きの絵を描いてみた。

1207line

 イルカが飛び出してくる感じをイメージしたつもりなのだが、どうだろうか。まあ、私自身は絵のセンスは全くないが、何となく気晴らしのために思いつきでペンを動かしてしまうようなときには、これくらい単純な感じがいいかもしれない。

 ということで、今回は一筆書きをテーマにしてみた。今週からまた忙しくなりそうな予感がするが、適当な気晴らしも忘れずに何とか乗り切っていくことにしよう。

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2012年7月 4日 (水)

うるう秒による障害

 昨日の新聞を見ていたら、「ミクシィ、うるう秒で障害か」という題で、「(7月)1日の午前9時から約4時間にわたりシステム障害が発生し、(ミクシィが)利用できなくなった」という記事が載っていた。その原因として、「うるう秒」が影響した可能性が高い、ということ言及されていた。

 この「うるう秒」という話、実はこのブログでも(「1月後半に気になったこと」の中で)一度とりあげたことがある。これは、「コンピュータなどの電子機器が「うるう秒」に対応するのが難しいため、廃止するべきではないか」という議論があることをニュースで知り、そのことについて簡単に文章を書いてみたものである。昨日新聞に載っていた障害は、この「コンピュータの「うるう秒」への対応の難しさ」が原因である可能性が高い、という話なのだろう。

 先日もクラウドコンピューティングの大規模障害があったばかりだが、最近こういったネットや通信に関わる障害が多いような気がする。また、半年ほど前にもドコモやauのメール障害、通信障害なども結構話題になったが、それらのことについてもこのブログでとり上げたことがある。そこで今回は、これまでに自分自身で書いたブログの文章を改めて読み直しながら、この障害について考えてみた。

 以前書いたブログの文章の中では、「auの通信障害」のときに書いたものが参考になるかもしれない。そのときには、終わりの方に「さまざまなシステム障害を事前に予防することは難しく、想定外のことが起こることをある程度考慮しながら対応していくしかなさそうである。」書いたが、この点は今回の「うるう秒」への対応の難しさの話と重なりそうである。

 実際、今回の「うるう秒」の障害に関する新聞記事には「うるう秒が何らかの影響を与えたと見ているが、原因究明までには至っていない。障害は万が一に備えて待機していた社員が発生直後に把握したという。」と書かれている。おそらく、「うるう秒」で何らかの障害が起こる可能性があることはわかっていても直接の原因までは事前に把握できなかったため、結局は事後の対応となってしまったのだろう。

 私自身はミクシィなどは全く利用していないので何の影響もなかったが、こういった障害が他にも起こる可能性がある。そんなことも考えて、以前ブログでもとり上げたが、今回も改めて「続・失敗百選」の本から「ソフトウェアの事故は複雑すぎてリスクが予知できない」「事故原因が何とも複雑で、いくら設計者が天才でも、容易に予測できない」という文も引用しておこう。

 何となくコンピュータは万能であるように感じてしまうが、こういう話を見ると、コンピュータに頼ることの危うさについて改めて考えさせられる。現代は、何らかの形でコンピュータとつきあっていかなければ生きていくことができない世の中になっている感じだが、コンピュータとのつきあい方について、これからいろいろと考えていく必要がありそうだ。

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