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2012年2月

2012年2月27日 (月)

マラソン大会参加申込

 先週、ある新聞に「マラソン即日満員」と題する記事があった。その記事には、関東で人気のマラソン大会では「インターネットでエントリー(参加申込)しようにも、コンサートのチケット争奪戦のようにすぐに満員に」との記述がある。

 私も、マラソン大会に参加したいときには、「ランネット」と「スポーツエントリー」というサイトから申込を行っている。東京マラソンのように参加者を抽選する大会もあるが、普通は先着順で申込を受け付ける大会が多く、新聞記事にも書かれているように、人気の大会だとあっという間に締め切られてしまう。

 私が実際に定員オーバーで申込が出来なかった大会で言うと、例えば「新宿シティハーフマラソン」。この大会は、国立競技場がスタート・ゴールになっていて、ジョギングのペースとはいえ、最後に国立競技場のゲートをくぐりトラックを1周してゴールする、という体験は何となく気分がいい。

 しかし、私はこの大会に3年くらい前に一度参加出来ただけで、それ以降は参加できていない。この新聞記事に書かれているように、この大会も、毎年ちょうど申込開始時刻にランネットのページから申し込もうとしても、「次の画面に進むのに○○○○人の方が待っています」と表示され、繋がったと思ったら、すでに定員に達して申込は締め切り、という感じである。

 また、昨日は東京マラソンがあったが私は抽選ではずれてしまい参加できなかった。まあ、このような大会はごく一部で、マラソン大会の多くは普通に申し込んで参加できるので、私のように単純に自分のペースで走るだけの人なら、それほど困ることはない。

 だから、即日満員になって参加できない大会があっても仕方がない、と言ってしまえばそれまでではある。ただ、記事に「自治体の主催が多く、公平性や公正性を重視するあまりに...」という話が書かれているように、申込方法にもう少し工夫があってもいいとは思う。

 私の勝手な思いつきを書くと、例えば、人気がある大会がタイアップして参加者ができるだけかぶらないように調整したり、などという工夫が考えられる。他には、インターネットの申込サイトに登録すると「年間申込ポイント」などが与えられ、「この大会の参加申込には〇〇ポイント必要」などとしたらどうか。人気のある特定の大会のポイントを高く設定すると、申込が分散されるかもしれない。

 また、これだけ人気がある大会なら、スポーツショップなどで「この店で特定のマラソングッズを買った人の中から抽選で〇〇大会ご招待」というサービスも考えられるかもしれないが、自治体の主催だと、こういった融通もきかないのかもしれない。

 いずれにしても、以前の大会に参加して走る人がそれほど多くなかった時のシステムを何も変えないでいると、今回の申込の問題や前にブログに書いた皇居で走る人のマナーの問題などの解決が難しいに違いない。ランニングブームが一過性のものなのか、あるいは今後も持続するのか、どちらになるかはわからないが、持続させたいと思うなら、それに応じた変化は必要だろう。

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2012年2月23日 (木)

もう少し理解を深めたいが...

 これまで、私も新しいものに慣れないと、と考えながらブログにもいろいろと書いている。特にここ2ヶ月くらいは新聞やインターネットのニュースを見ながら、これまで以上に最近の話題について気にしていた。

 今回も文章を書き始めようとしたときには、同じように新しい話題について書こうと考えていた。しかし、実際には、キリがないくらい新しいことがいろいろあって何について書いたらいいかという焦点が定まらない。

 例えば、Apple が今年に入ってからの話題だけでも(これまで取り上げていなかったが)、

・1月20日、新しい電子教科書に対応する「iBook 2」と「iTune U
・2月16日、新Mac OSの「Mountain Lion
・新しい「iPad 3」のうわさ話
・中国での訴訟や工場従業員の待遇の話

などなど、挙げると本当にキリがない。この中では、「iBood 2」「iTune U」の話については「iCloud」の理解をもう少し深めないと、と思いながら結局何もブログに書かずに1ヶ月過ぎてしまい、もう過去のこと、という気がしてしまう。

 あと、最近発表された新OSの「Mountain Lion」については、これまで「iPod touch」と「Mac OS X Lion」の両方を使っていて、アプリやソフトの使い勝手がそれぞれ違うのが少々気になっていたので、新OSではiPod touchやiPad、iPhoneとMacのアプリに統一感を持たせようとしている、という趣旨は理解できた。ただ、「Lion」になって半年たった今でも、それほど多くの機能を使っている訳ではないので、もう少し現OSの「Lion」の理解も深めたい。

 このように、本当はもう少しじっくりと理解を深めながら新しいものに慣れていきたいのだが、ものが新しくなっていくスピードについていこうとする間もなく、次から次へと新しいものが出てくる。去年の夏前から、iPod touchを含め、少しずつ新しいものに慣れていたから何とかなっているものの、もし去年何もしていなかったら、全くついていけず完全に時代遅れの人間になっていたかもしれない。

 半年以上前になるが、ブログにインターネットの情報について思うことを書いたことがある。新聞やニュースの情報はインターネットの情報よりも信憑性は当然高いのだが、新しい情報ばかりを追いかけ続けるのも、少々くたびれるし、何となく浅く触れるだけになってしまうことが多く物足りない気もする。

 そういう意味では、最新の情報を簡単に見るだけでは、インターネットの情報と同様に、何となく中途半端になってしまう。何事もバランスが大事なので、新しいものばかりに目を向けるだけでは結局のところ新しいものを見る目を養うには何かが足りないのかもしれない。

 つい先日も、とあるところで、「時熟を必要とする知が、情報化の波に完全に飲み込まれてしまうかもしれない」という趣旨の話を目にしたが、このような時代の中で私自身も今後どのような知を持って生き抜いていくべきか、少しは考えてみることにしよう。

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2012年2月19日 (日)

青梅マラソン・スタート付近

 今日は、2月の第3日曜日である。去年と同様、今年も青梅マラソンに参加した。こういうときには、いつもは走ったことの報告をしていたのだが、毎回同じような報告をするのも、何となくつまらない。そこで、今回は少々趣向を変えて、スタート地点付近のことを写真で紹介してみることにした。

 といっても、走る当日は写真を撮ることもままならない。そこで、昨日(前日)に時間が空いていたので、参加の前日受付をしにいくついでにブログに載せる写真を撮ることにした。

 最初に受付やスタート・ゴール地点の最寄り駅となる、青梅から2つ手前の河辺(かべ)駅前。毎年のことだが、駅前の大きな看板が出迎えてくれる。

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 駅前の道を真っすぐ行けば、前日受付を行う「青梅総合体育館」がある。

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 受付では、参加賞のTシャツやゼッケンなどをもらう。去年の参加賞Tシャツ(写真: 左)は、参加賞の割には斬新な感じがしたデザインだったが、今年のもの(写真: 右)は、英語が書いてあるが非常にシンプルなデザインとなっている。

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 受付を済ませた後、今年はそのまま帰らずに、コースに沿って青梅駅まで歩いてみた。

 まずは、スタート付近の写真。遥か向こうの、青い道路標識に右横に、スタート地点を示す白い看板がある。

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 30kmは1万5千人も出場するので、この位置でも結構前の方なのだが、写真の看板のところを拡大してみたが、少々ぼやけている。

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 ちなみに、私が実際にスタートしたところは、ここよりもさらに後ろで、先頭がスタートしてから私がスタート地点にたどり着くまでに、今年は7分28秒かかっている。

 このスタートの看板を過ぎると、平成22年に新しくなった青梅市役所の建物が見える。

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 この地点は、帰りの場合、残り約1kmとちょっとのところなので、帰りに市役所の前を通ると「今年も完走できたな」という気分になる。

 さらに進んで、東青梅駅の前を通り過ぎた後に青梅総合高校がある。

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 この地点は、道幅が急に狭くなる上に曲がり角があって、毎年渋滞してしまうポイントなのだが、今年もやっぱり渋滞で立ち止まってしまった。そういうところだから、ガードレールや電柱などに布団が巻き付けてあって、安全に気をつかっている。

 この曲がり角の辺りがスタートから1km地点。そこを抜けると青梅のメイン商店街となる。青梅の商店街は、最近「昭和レトロ」を売りにして街おこしをしている。その中心は住江町地区にある住吉神社の周辺である。例えば、神社前のバス停の待ち合い所の建物や看板が「昭和レトロ」という感じになっている。

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 拡大してみると、左下に猫がさりげなく描かれていたりする。また、この近くに「昭和レトロ商品博物館」「昭和幻燈館」「青梅赤塚不二夫会館」という3つの施設もある。

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 近くの商店も、「昭和レトロ」の雰囲気を出している。

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 この店の向かいの音楽ショップも同様の雰囲気だが、ここでは毎年「帰ってこいよ」の歌のさびの部分を大音量で流して青梅マラソンのランナーを応援している。

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 ここを過ぎた辺りが2km地点で、そのすぐ横に青梅駅がある。スタート地点からここまで2km強、総合体育館からも3km弱しかない。全行程が30kmだから、まだ1割にもみたないのだが、青梅の雰囲気を楽しむことはできると思う。ただ、毎年毎年参加しているので、ここから先のコースは来年以降にまた紹介することにしよう。

 ところで、今日の結果だが、まあ無難に走ったという感じで、私のタイムは

30km総合タイム: 3時間7分56秒
ネットタイム: 3時間0分28秒

である。「ネットタイム」が、私がスタート地点を過ぎてからゴールまでのタイムになる。

 最後は、完走者に渡される「FINISHERストラップ」と、本日限定の「青梅マラソンせんべい」の写真を載せて、今回の報告を終わりにしよう。

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2012年2月15日 (水)

auの通信障害

 先日、docomoだけでなく、auにも通信障害があった。ひとつは、2月9日に起こったデータ通信障害。原因は「ネットワーク設備の故障」らしい。

 もう一回、2月11日には、メール送受信に関する通信障害が起こっている。こちらのほうは「ネットワーク内の通信設備(電源設備)の故障」が原因だと書いてあった。

 報道によると、この「故障」の原因については不明のままだが、原因は個々の設備が故障したことにあるので、先日のdocomoの障害とは異なる、ということである。ただ、「通信インフラの現状を無視してスマートフォンの契約を大量に増やした」という点ではdocomoとauに違いはないような気もするため、根本的な原因は実はdocomoの場合と同じではないか、という疑問を何となく持っている。

 そうやって考えていたら、ふと以前ブログでも紹介した「失敗百選」「続・失敗百選」の2つの本のことを思い出した。最近あまり見ていなかったが、久しぶりにこの本を開いて、似たような事例が載っていないかどうか調べてみることにした。

 とりあえず見つけたのは「しんきんATMが1日間使用不能(2002)」(続・失敗百選 P.153)に関すること。2002年5月29日に信用金庫のATMが1日間使用不能になった、という話があった。この本によると、当時取材をした記者は「主原因はハードウェアの故障」述べていたが、具体的には何の故障なのか記者にもわからなかった、と書かれている。

 一方、実際の原因についても本に述べられていて、「(実際はハードウェアの故障ではなく)ソフトウェアの不備が原因であったため、同じソフトウェアを用いている待機システム(不具合の際に利用されるバックアップ用のシステム)も動作せず...」と書いてあった。

 ようするに、主原因はソフトウェアの不備によるもので、このような場合、稼働中のシステムが問題を起こすと、バックアップ用のものも同じソフトウェアを使っているため、同様の問題を起こしてダウンしてしまう、ということである。

 似たような話は「東証の株式売買システムが稼働せず(1997)」(失敗百選 P.268)でも見られる。こちらは1997年8月1日、プログラムにバグ(不具合)があったことが原因で株式売買システムが不具合を起こしてダウンした、という話である。

 さらに本を読んでみると、この不具合は、それまで幸運にも表には現れていなかったが、実際には元々プログラムに内在していたものだったそうである。これが、(想定外に)銘柄が激増するうちに準備していたメモリの作業域を使い果たし、その結果、他のプログラムと干渉してしまったことで、この元々あったプログラムの不具合が顕在化したらしい。

 そして、この事例も最初のものと同様に、バックアップ用のシステムも同じプログラムを使っていたため同様の問題を起こし、結果的に全体のシステムがダウンしてしまった。

 これら2つの事例を見た後、改めて今回起こったauの通信障害について考えてみる。2月9日と11日の2つの通信障害の原因は「設備の故障」という一言で片付けられているが、auの通信設備は、本当にちょっと故障しただけで障害を起こすほど脆弱なのだろうか。

 そもそも、さまざまな設備が故障してしまった場合に備えて、バックアップのための設備が別に用意されているべきだし、ちょっとした故障なら自動的にバックアップ用の設備に切り替わって全体のシステムに問題が出ないようにする備えは、auでもしているに違いないと思う。

 そう考えると、今回の通信障害の原因が設備の故障ということなら、そのバックアップ用の設備も含めて故障してしまった、と予想してもよさそうである。この場合、故障の原因はいろいろあるかもしれないが、取り上げた事例と同様に、「不具合のあるソフトウェアを使っていたため、稼働中の設備だけでなくバックアップ用のシステムも同様にダウンした」という可能性も考えられるかもしれない。

 さらに、1997年に起こった東証の「想定外のことが起こったために、プログラムの不具合が顕在化」という点についても個人的には気になる。今回のauの話も、スマートフォンの急激な普及のタイミングと通信障害が起こった時期が一致しているのは、果たして偶然だろうか。これは、単なる想像でしかないが、スマートフォンの急激な普及により現れた不具合が原因、という可能性も捨てきれない。

 何だか勝手な事をいろいろと書いたが、新聞の報道によると、実際の原因については調査中らしい。また、原因がわかったとしても、続・失敗百選の本の最初には「ソフトウェアの事故は複雑すぎてリスクが予知できない」とか、「事故原因が何とも複雑で、いくら設計者が天才でも、容易に予測できない」とも書かれている。

 専門家でもこう言っているのだから、今回の通信障害に限らず、さまざまなシステム障害を事前に予防することは難しく、想定外のことが起こることをある程度考慮しながら対応していくしかなさそうである。これは利用する側も同様で、今後も想定外の通信障害が起こる可能性はあると考えて、携帯を利用する立場の我々も通信障害が起こった際にも困らないような対策をとっておく必要があるのかもしれない。

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2012年2月11日 (土)

1月後半に気になったこと

 今年の入ってから、新聞などのニュースで見た話をブログに書くことが多くなったような気がする。といっても、政治や経済など日本の現状に関するものではなく、去年から私自身が気になってブログに書いていた事柄に関するものである。

 気のせいかもしれないが、実際にそういう話題が最近集中しているような気がする。そこで、今回はそれら話題を書きそびれないように、先月後半に気になったものの中で、「うるう秒」「皇居ラン」「人口予想」について、まとめて書くことにした。

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<1> 「うるう秒」に関するニュース(1月20日)があった。以前ブログで「単位の定義」について触れた際、「秒の定義にはセシウム原子が使われている」と書いた。これがあまりにも正確なため、地球の自転に基づく時刻からずれてしまう。それを調整する必要がある。今年の7月1日は、その「うるう秒」により普段より1秒だけ多くなるそうだ。さらに、ニュースによると、コンピュータなどの電子機器が「うるう秒」に対応するのが難しいため、廃止するべきではないか、という議論があるが、結局、廃止するかどうかの結論は出なかった、という話もある。正直なところ、どちらでもいいので早く決めてほしい、という気持ちではあるが、「時間を正確に刻むと世の中(地球)の動きからずれてくる」という事実は、改めて人間のやることと自然とのバランスの取り方を考えさせられるような気がする。

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<2> 「皇居ラン満杯・トラブル防止に本腰」という新聞記事(1月25日)を見た。これは、ブログの今年最初のところ(「先月書きそびれたこと」の<2>)で少し触れたことだが、この新聞記事には「皇居ランナーマナー「10」の宣言」が載っている。例えば「左側通行」「狭いところでは1列で。追い抜きは避ける」「グループ走は広がらず」など、皆が気持ちよく走れるようにランナーが自主的に行ってほしいマナーを10項目並べてある。私自身は皇居で走ることはほとんどないのでよくわからない。ただ、これを見て個人的に思ったことは、他にも道はたくさんあるのだから、安全で人通りが比較的少ない別のところで走る方がいいのではないか、ということである。それに、今後もし「ここまで言っても問題があるようなら、規制もやむを得ない」などということにでもなったらどうなってしまうのか、などといらぬ心配もしてしまう。皆が自由に、お互い分散しながら楽しく走る、という選択も悪くないような気がするのは私だけだろうか。

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<3> 50年後の人口予想に関するニュース(1月30日)を見た。それによると、50年後の日本の将来推計人口は、現在の約1億2千万人から、50年後には約8千6百万人に減少してしまうそうである。ちなみに、推計人口の定義は、以前ブログで「世界の人口」について書いたときに詳しく触れたが、国勢調査等を基に計算した数値である。このニュースを見ると、この減少の大きな原因は、出生率(正確には「合計特殊出生率」というらしい)にあるようだ。私自身はこの件に関して意見を言える立場にはないが、将来の年金や社会保障に大きく関わってくる。実際にどうなるか、ということは想像もつかないのだが、とりあえずは年をとっても若い世代に頼らずに生きていかなければならない、という形になる可能性は高そうなので、そうなったときでも充実して生活できるように今から備える必要があるのかもしれない。

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ということで、今回は3つの話題について触れてみた。正直なところ、私の個人的な興味で書いているため政治や経済といった話題はない。別にそういった話題を気になっていない訳ではないのだが、個人的には大きな話題に隠れてしまうような小さなものに何となく目がいってしまう。

ということで、今後もこれまで取り上げてきた話題だけでなく新たなものも含めて、個人的に気になったことをいろいろと書いていけたら、と思っている。

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2012年2月 7日 (火)

Googleの新しいポリシー

 Googleのプライバシーポリシーについてこれまで何度かブログに書いた。気になっている理由の一つは、インターネットを利用している以上、私自身もいろいろと言いながらもGoogleを避けて通るわけにはいかない、ということがある。

 そんな関係もあるのだろう。先週(1月31日)に、(皆に送られていると思うが)私のところにも唐突に「Google のプライバシー ポリシーと利用規約の統一について」というメールがGoogleから送られてきた。知っている人も多いと思うが、今度の3月1日から、Googleのプライバシーポリシーが変更になるそうだ。

 以前ブログで散々いろいろと書いたが、変更されたものもやっぱり気になる。ということで、今回は新しいプライバシーポリシーについて書いてみることにした。

 ただ、変更された点といっても、専門的なことはよくわからないので、以前ブログで取り上げた際に私が気になっていたことを中心に話をする。

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1. 個人情報の収集に関する文章:

現行のプライバシーポリシーで「Google は、次のような情報を収集させていただく場合があります:」という文章があった。英語にすると「We may collect the following types of information:」と「may」を使っているのはどういうことか、という点が気になると、以前ブログに書いた

実は、新しいプライバシーポリシーでは、同じ「収集する=collect」にあたるの文章が

・We collect information to ....

と、「may」がない形に変更されていた。それに合わせて、日本語の方も「Googleは....情報を収集します」と、断定する形に変更になっている。このようなことは、やましいことがなければ、曖昧にせずに断定する形にするべきだろうから、これでいいような気はする。

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2. 「センシティブな個人情報」に関すること:

新しいプライバシーポリシーの日本語の方は、この言葉が「機密性の高い個人情報」と日本語に訳されていた。英語をそのままカタカナにするよりはよさそうだが、問題はその中身である。これについては私も確認不足だったが、プライバシーポリシーに関するよくある質問の「機密性の高い個人情報」というところに書いてあった。

この部分を現行のものと新しいものと比較してみると、同じ言葉を使っているが、その定義が変更されていることがわかる。現行の方は「....が含まれます」という文章になっているので、この項目に書いてある情報以外にも「個人情報に直結するもの」は「センシティブな個人情報」として扱われているようにも見える。

しかし、新しい方は「個人情報のうち....を特にこう呼びます」と、この項目に書いてあることのみに限定される定義に変更されているうえに、「個人情報のうち」という言葉が最初についている。

ちなみに、これも以前ブログで取り上げたが、Googleの定義する個人情報には変更はなく、それを改めて確認すると、

・「個人情報とは、ユーザーから Google に提供される個人を特定できる情報です。」

ということである。要するに、たとえ「機密性の高い個人情報」に取り上げられている項目に該当するものだったとしても、ユーザーから直接提供されたものでなければ、新しい方の「機密性の高い個人情報」の定義には当てはまらない、ということである。

カタカナを日本語に訳しただけでわかりやすくなった気分になってはいけない、ということなのだろう。正直なところ、一切Googleを使わない、という訳にもいかないので、Googleが個人情報をどのように扱うか、という点や、保護される情報の範囲などは、利用する際に気を遣うべきかもしれない。

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3.「Cookie」に関すること:

これは、Appleのプライバシーポリシーについて以前ブログに書いた際に気になったことだが、Googleの新しいプライバシーポリシーでも曖昧に書いているように思える。

本当にやましいことがないなら、Appleと同様に「Cookieおよびその他の技術によって収集された情報を非個人情報として扱います」とはっきり書けばいいような気もする。

あと、今回見ていて気がついたのだが、Cookieの他にも「ピクセルタグ」という技術が情報を収集しているそうである。これについては調べる必要がありそうだが、結構ややこしそうな感じのもので、今回はきちんと調べる時間がなかった。また別の機会に触れてみたいと思う。

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4. その他

あと細かい部分だが、これも以前書いたことで、現行のプライバシーポリシーでは「広告主様」「サイト運営者様」と、「様」がついていたのが少々気になっていた。それが、新しい方では「広告主」「サイト運営者」というように「様」がとれていた。一方で、英語の「You」(二人称)を「お客様」と訳してあり(現行では「ユーザー」となっていた)、Appleなど他のプライバシーポリシーの文章と同様の日本語訳に変更されていた。

また、Googleプロフィールが勝手に作成されてしまい困った話をブログに書いたことがあったが、新しいプライバシーポリシーにはこの点についての記載もあって、


・「共有機能を全てご活用いただく場合は、公開されるGoogleプロフィールを作成したいただくようお願いすることもあります。」


となっている。以前私がこの点について書いたのは「Picasaの写真共有」に関する話題の時だったので、このことも含めて「共有」を行う前にGoogleプロフィールを作成させることを明記した文章なのだろう。

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ということで、今回は久しぶりに結構長い文章になってしまったが、気になっていたことをまとめて書いたので仕方がない。また、こんなに細かく見てどうするのか、という意見もあるかもしれないが、今回書いているように、気になっていた部分がこれだけ変更されているのを見ると、やっぱり新しい方もいろいろ気になって細かく見てしまう。

それに、もしかしたら私が気づいていないことの中に重要な変更もあるかもしれない。まあ、いろいろ言いながらも、結局は新しいプライバシーポリシーを承諾して、Googleを使い続けることになるのだが、3月1日まで時間があるので、もう少しいろいろと調べてみることにしよう。

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2012年2月 3日 (金)

数学との接し方

 コメントありがとうございます。「後学の為に、どのように数学に向き合われていらっしゃるのか聞かせていただけないしょうか?」という質問に何て答えたらいいのか、とちょっと考えてみました。

 その上で最初に言い訳じみたことを書いてしまいますが、あまり偉そうなことを書ける気もしないので、これまでブログに文章を書いていた気分と同じように、何となく普段思っていることや感じていることをそのまま文章にしてみることにします。

 数学といっても、例えば方程式・不等式や図形・幾何であったり、数や計算・演算であったり、あるいは確率・統計などなど、様々な顔を持っていて、それぞれが独立しているようにも見えるし、お互いに関連し合っているようにも見える、という何ともつかみどころがないものだと思います。

 しかも、私自身はその中のほんの僅かの部分に接しているに過ぎませんし、数学に向き合っていると言えるほどのことはしていません。ただ、自分でも不思議なのですが、数学から逃げようと思ったこともなかったりします。

 その理由の一つに「数学の自由な雰囲気」が気に入っている、ということがあるような気がしています。確かに、「数学の自由」は非常に広大なうえ、とてつもなく奥が深そうですし、油断していると広大なところに取り残されてしまったり、奥の深いところで溺れてしまったり、など危険も多そうです。

 だからこそ、数学では物事の捉え方や考え方が大事、ということなのかもしれません。念のために付け加えると、「自由」とはいえ、数学の計算や証明は完璧でなければならないのは当然ですし、勘違いやミスをしたときにはそれを自覚できなければなりません。

 そういった数学の持っている性格もあり、現実には「数学の自由」の片隅で溺れたり迷子になったりしないように振る舞うことで精一杯で、必死になって正しい考え方を拾い集めながら進んでいくしかない、という感じなのですが、私はこの「雰囲気」が気に入っています。(以前、このブログでも数学の雰囲気を風景に例えてみました。)

 かなり抽象的な話になってしまいましたが、私自身が実際に普段やっていることは、何となく本や資料を見ているときに出ている式や数を使って計算したくなったりすると、自分のできる範囲でやってみる、といった程度です。例えば、ブログで何度か電力需用量の統計の数字を使って計算(四則演算)した結果を見ながら、電力需要の予想をする話()を書きましたが、このような感じです。

 まあ、計算してみるといっても気楽に書いてみる程度なので勘違いやミスが多く、ほとんどはいらなくなったコピーの裏などに計算してそのまま捨ててしまいますが、たまに、出てきた式や数値から(電力需用量の予想のように)何かを考えてみたくなることがあります。

 こんな感じで数学にふれ合っている、というところです。これが「どのように数学に向き合っているのか」という質問の回答になっているかどうかはわかりません。また、「数学の自由な雰囲気を伝えたい」と言っておきながら多種多様な数学の見方と真剣に向き合ったことがないとはどういうことか、というお叱りを受けるかもしれません。

 ただ、できる範囲で計算しているうちに、意味がよくわからなかった説明などが何となくわかったような気分になることもあります。その内容をきちんと理解するにはかなり根気がいりますが、その入口が自分でできる範囲の計算から、という形で向き合うことになるのだと思います。

 数学は一糸乱れることなく完璧なことを求めているような気がしますが、現実には人間はどこかでミスをする可能性を常に持っています。自分で計算するときにも、人に教えるときにも、その辺りのバランスを考えながら接していくことで「数学の自由の雰囲気」を感じることができればいいのでは、というところです。

 これ以上文章を書こうとしても、同じことの繰り返しになりそうなので、今回の回答はこのあたりまでにしようと思います。今後とも、ブログの方もよろしくお願いします。

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