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2011年12月

2011年12月29日 (木)

今年のブログの反省

 今年も残すところ3日間。4日ごとにブログの更新を続けてきたが、計算上は今日が今年最後となる。こうやってブログに文章を書き続けることは私にとっては大きな今年の新しい試みであった。タイトルを眺めてみると、よくこれだけ書いたものだ、と自分でも感心してしまうが、問題は文章の中身だろう。

 自分なりに考えながら言いたいことが表現できたと思う文章もあるが、雑になってしまったものも数多い。特に後半の9月以降は、あまり時間をかけずに本当に思いついたことをそのまま書いた、という感じの文章が多くなってしまった。

 今回は今年最後なので、やはりその反省をするべきだろう。そうなってしまった理由はいくつか考えられる。とりあえず、忙しかったから、と言ってしまったら反省にはならないので、別の理由を考えてみる。

 すると、広辞苑と英英辞典を開く回数がかなり減ってしまった、ということが思いつく。これは、8月までの文章とそれ以後を比べると一目瞭然だろう。9月以降で、単語の意味そのものを主題として書いたのは、「読書」の話のところくらいしかない。それまでは、「数学」の意味を調べたり、その他いろいろな言葉を主題にして文章を書いていた。

 こうなった理由を忙しさ以外から見つけると、文章を書くのに中途半端に慣れてしまった、ということが挙げられるかもしれない。具体的に言うと、「2年目最初のブログ記事」にいろいろと書いたこと内容が、そのまま今年の反省点に繋がるのではないか、ということである。

 そのときにも書いたように、確かに最近では4日ごとにパソコンに向かってキーボードを打っていると、何となくそれらしい文章になったような気がするので、それをそのままブログに載せていた。しかし、以前はそうではなかった。元々、広辞苑や英英辞典などを暇つぶしで見る癖はあったが、やっぱり文章を書き慣れていないときには、より詳しく真剣に辞書を見ていたと思う。

 また、そうやって見ているときに、ふと気がつくことがあって、それをまたブログに書いて、という、いい循環もできていた。しかし、慣れてきた後は明らかに辞書を開く回数が減った。これは、忙しかったからだけが理由ではなさそうである。

 あと、これは気のせいかもしれないが、12月に入ってからブログのカウンターの増え方が若干にぶってきたような気もしている。特に何か言いたいことがある訳ではないが、去年ブログにちょっと書いたが、数字は正直である。やっぱり以前と比べて中身がイマイチなのか、とか、飽きられてきたのかな、などという気持ちにもなってしまう。

 何でもそうだと思うが、こうやって中途半端に慣れてくると、気持ちにハリがなくなってきて油断も出てきてしまう。また、辞書を開く回数が減った分、ブログの中身を充実させるものに触れる機会が結果的に減ってしまった、ということも言えるかもしれない。これは、今年の反省点としてきちんと受け止める必要があるだろう。

 まあ、単に個人的な趣味の範囲でやっているだけなのだから、こんなに大げさに反省することもないのでは、とも思う。ただ、それを言い出したら、そもそも、このまま何も変えないでブログに文章を書き続けること自体に意味があるのか、という話になってしまう。

 それに、ここまで続けてきたのだから、中途半端に慣れただけで終わらずに、もう一つ上のステップを目指すのも悪くないのでは、といった考えも生まれてくる。私もそれほど若くはないが、それでも新しいことにチャレンジする気持ちは持ち続けたい、という思いもなくはない。

 こんな話をしだすと、何となくグダグダな雰囲気になってしまいそうなので、これくらいにしておくが、来年は気分をリフレッシュして、ブログの内容を充実させるための努力を少しはやってみることにしよう。

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2011年12月25日 (日)

変わらないお店

 このままの予定だと、今年のブログ更新はあと2回ほど。よく言われることだが、1年が過ぎるのはあっという間である。あと残りわずか、と考えるとブログに何を書くかいろいろと迷ってしまう。これまで書こうと思っていたのに時間がなくて書けなかったものもあったりするが、年の終わりなので、中途半端な気分を残さずスッキリ終わらせたい、と思うと少々つらい。

 そこで、堅苦しくないもので無難に締めくくろう、と思い、結局この前ブログに書いた東京北区の十条にある商店街を写真を交えて紹介する、という形にすることにした。

 とりあえず知らない方のために、簡単に東京北区十条へのアクセスから紹介する。電車で行くには、埼京線を使う。駅は、池袋から2つ目で約5分程度。新宿からも10分程度なので、都会の雰囲気に飽きて、ちょっと下町っぽいところに行ってみたいな、などと思ったときに丁度いいのではないかと思う。

Jujo_ginza

 最初の写真は、前にブログで紹介した、政治家なども視察に来た魚屋と八百屋(写真の左側)のあるところ。(通行している人の顔がぼやけるように、写真は暗めにしてあります)相変わらず、ロッテリアがあったところ(右側)は空き店舗だったが、やっぱり人の多さは変わっていないようである。

 あと、今回は、よく知らせている、以前から変わらないお店を3軒ほど紹介することにした。まずは「みどりや」。ここは、衣類が安いことで知られているところである。

Jujo_midoriya

 店頭に並んでいるものしか見ていないが、その中で一番安かったのは1足39円の靴下。ただ、これは何となくおばあちゃんのおみやげに丁度いいような色とデザイン。私でも普通に履けそうな靴下だと、1足50円のものが一番安かった。

 このお店は、10年ほど前は商店街内に確か3店舗あったが、今回行ったときには2店舗のみが営業していた。このご時世なので大変だとは思うが、それでも価格を上げずに頑張っている、ということなのだろう。

 次は、お惣菜屋さんの「鳥大」というお店。十条銀座商店街のアーケード内ではなく、ちょっと外れたところにある。

Jujo_toridai

 十条には数えきれないほどのお惣菜屋さんがあるが、多分ここが一番人気のような気がする。今回行ったときはかなりの行列ができていた。何でも「だいたい1時間くらい待つ」ということだったので、結局写真だけ撮って買うのは断念した。

 ちなみに、以前住んでいた頃もこのお店は人が多くて買うのが大変だったが、十条には他にも待たずに買える美味しいお店はたくさんある。また後で軽く触れるが、私自身は待たずに買える別のお店を使うことが多かった。あと、オリジン弁当なども存在するが、ここでは触れないことにする。

 紹介するのはもうひとつ、おにぎりの「蒲田屋」。ここも、商店街のアーケード内ではないが、私が学生の頃この近くに住んでいて、よく利用していた。

Jujo_kamataya

 値段は、おにぎり1個100円。まあ、大きさが少し小ぶりになったかな、という気もしないでもないが、値段を変えずにやっているところがいい。あと、特に飾った雰囲気もなく普通の感じのお店だが、実はテレビ番組「TVチャンピョン」のおにぎり王選手権で2連覇した人のお店である。

 学生の頃は、そんな凄い人がやっているとは知らなかったが、こう聞くと何となく得した気分になる。ところで、今回は「めんたいこ」と「エビ天(塩)」の2つを購入。値段は税込なので、ちょうど200円。エビの天ぷらのシッポの部分が飛び出しているのが私にとっては懐かしい。

Jujo_onigiri

 ということで、以前から変わっていないお店を3つ紹介した。相変わらず人も多く、繁盛しているようであった。ただ、変わってしまったところも結構ある。例えば、私が学生の頃、おにぎりの蒲田屋の隣には、お肉屋さんがあった。実は、その頃は大抵そのお肉屋さんで私はお惣菜を買っていた。特にお金がないときには、当時100gで60円だったモツ煮込みだったり、閉店間際の余り物の詰め合わせなどを安く買っていたりしていた。

 ただ、そのお店がなくなっていて焼き肉屋に変わっていた。他にも、この向かいにかつて中華料理屋があって、そこではキャベツの細切り炒めの定食をよく食べたのだが、これもなくなっていた。まあ、私が学生の頃、というのは20年も前の話なので、これも仕方がないことなのかもしれない。

 ということで、今回はここまで。今年も残すところあと1週間となったので、年の瀬に中途半端にならないように今年1年の整理をして、また来年に備えることにしよう。

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2011年12月21日 (水)

スポーツ世論調査の話

 昨日新聞に「市民とスポーツ」と題する世論調査の話が載っていた。それによると、普段からスポーツをしている人が「35%」、できればしたい人が「44%」、やりたくない人が「17%」なのだそうだ。

 この中で、気になったのは、スポーツを普段している人が「しているスポーツ」と、普段はしていないができればしたいと思っている人が「できればしたいスポーツ」の差についてである。

 まず、普段している人が、実際にしているスポーツのベスト3は

・ウォーキング 18%
・ゴルフ 12%
・ジョギング、ランニング 9%

となっている。なお、4位以下の割合は、それぞれ 4% 以下程度である。

 私自身はゴルフを本格的にやったことはないのでわからないが、何となく仕事の付き合いなどでやっている人も多いような気もする。そう考えると、自主的にスポーツをしている人のメインは「ウォーキング」と「ジョギング、ランニング」であると言えるだろう。

 一方、普段していない人が、できればしたいと思っているスポーツのベスト3は

・水泳 11%
・テニス 10%
・ジョギング、ランニング 8%

である。

 この中で、共通しているのは「ジョギング、ランニング」のみ。また、普段スポーツをしている人の中を見ると「水泳」「テニス」と答えた割合は、それぞれ 4% 程度にとどまっている。

 また、新聞によると、スポーツをしていない理由として「スポーツはやりたんだけど、時間が...」とか「スポーツができる施設があれば...」などが多数を占めているようである。

 別に、普段していない人を責める訳ではない。それに、時間がない、というのもわからなくはない。ただ、「施設がないからできない」という理由が上位にくるのはどうだろうか。

 確かに、「水泳やテニスをしたいのだけれども、近くに施設がないから出来ない」というのは筋が通っているように思うが、実際にスポーツをしている人の多くは水泳やテニスをしている訳ではない。

 それに、水泳やテニスを普段している人は、別に施設が近くになくても、いろいろなところに出かけて体を動かす努力をするような気もする。そう考えると、「本当に水泳やテニスをやりたいと思っているのか?」などという疑問が出てきてしまう。

 ちなみに、新聞には、普段はやっていないが「できればしたい人」がどのようの条件が整えばできるか、といったことなどが書かれていて、スポーツの環境整備の充実や地域などでの交流等も必要との回答も多い、という雰囲気で結んでいる。

 ただ、世論調査の回答そのものの信憑性などを考えずに、全てを「スポーツ」の一言でくくって、こういうことを議論してしまうと、「スポーツ=体を動かすこと」に対して市民が本当に求めているものは何か、という点や、体を動かすことの良さがわからなくなっていまうのではないか、という気がしてしまう。

 ところで、私自身は、ブログにも何度も書いているように、ジョギングをしている。この世論調査でも、「している人」と「できればしたい人」のベスト3で共通しているのは「ジョギング、ランニング」のみである。

 しかし、新聞には、「ジョギング、ランニング」ことがほとんど触れられていない。こういった共通なものの中に本質的に重要なことが隠されているかもしれないのに、と思うと残念である。まさか、行政などが単に施設等の箱ものを作る口実のためにスポーツを利用しているだけだとは思わないが、当然、ジョギングやランニングのことを議論しても施設の話にはならない。

 だからこそ、誰でもその気になればできるスポーツなはずで、そういう意味でも、こういった新聞記事にジョギングの話がもっと出てきてもいいように思う。

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2011年12月17日 (土)

免許更新時の質問

 先日、車の免許更新に行ってきたのだが、そのときに何となく気になることがあった。手続きの際に自分の病気や症状に関するいくつかの項目に答える形で自己申告することになっているが、気になったのは、その中の睡眠に関する質問である。

 具体的には、次のようなの質問があった。


・「十分な睡眠をとっているにもかかわらず、日中、活動している最中に眠り込んでしまうことが、週3回以上ある。(あり なし)」


 非常に曖昧な感じの質問だが、最初に見たときには、運転免許更新で聞かれていることだから「運転に支障がありそうなほどに眠り込んでしまうことがあるか?」という質問だろうと考えて、当然そのようなことはこれまでないので「なし」と答えた上で、それ以上は気にはせずに次の手続きへ進んでいった。

 しかし、そのあとの講習の際に、講師から「講習中に居眠りをさせている方がいたら、もしかしたら病気かもしれない、という意味で声をかけることがあります」という話があったので、また睡眠に関する質問を思い出してしまった。

 まあ、このときの講師は「講習の途中で寝てはいけません」ということを言いたかっただけなのかもしれない。ただ、こういう言われ方をすると、「何の病気が疑われるのか?」ということが気になってくる。そこで、帰宅してから少し調べてみることにした。

 インターネットでこの質問について調べてみると、例えば、大阪府警のサイトには、「この項目に当てはまる方については、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査をお勧めします」と書いてあった。どうやら、この質問は、この症状があるかどうかについて自己申告させるためのもののようである。

 もう少し詳しくは、広辞苑で睡眠時無呼吸症候群を調べてみると次のように書いてある。


・睡眠中に呼吸が一時的に止まる疾患。10秒以上の呼吸停止が一時間に5回以上、または7時間の睡眠中に30回以上起こる場合を言う。若い人では肥満に伴って気道が閉鎖されるものが多く、高齢者では、脳の酸素や炭酸ガス濃度に対する反応性の低下のために起こるものが多い。


 とりあえず、これで質問の意図と病気の内容はわかったような気がするが、まだ何となくスッキリしない。そこで、もう少しインターネットを見ていたら、広辞苑とほぼ同様の定義が載っているページを見つけた。ここを読むと、睡眠時無呼吸症候群になるとどうなるか、という点について、


・その結果十分に睡眠がとれず、日中の眠気、集中力、活力に欠ける、居眠りがちになる、居眠り運転で事故や重大事故などを起こしやすくなります。


と書いてあった。ようするに、警察は「病気が原因で引き起こされる居眠り運転による重大事故」を警戒している、ということなのだろう。ただ、ここで一つ疑問に思うことがある。そもそも、免許更新の際に「結果として十分に睡眠がとれていない」人が、「十分な睡眠をとっているにもかかわらず...眠り込んでしまう...」という質問に「あり」と答えるのだろうか?

 警察では、質問の内容について議論を重ねているだろうから、実際には睡眠時無呼吸症候群に関する具体的な症状を聞く形ではなく、このように何とも曖昧に感じるものにした理由が何かあるかもしれない。しかし、今は少々忙しく、そのことについて詳しく調べる時間があまりとれなかったため、今回のブログはここまでとなってしまった。

 まあ、私はこの症状はないので特に関係はないのかもしれないが、次の更新のときにも当然聞かれるはずだから、そのときには、はっきり「なし」と答えたい。ということで、後日もう少し暇なときにでも改めて調べてみることにしよう。

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2011年12月13日 (火)

冬の節電の責任は?

 今月に入って、寒さも厳しさを増してきた。先週くらいから、早朝には車のフロントガラスが凍っている。そんなことから、朝から車に乗るときには、お湯をかけてから出発しなければならない。

 また、電力需要の話が気になってくる。実際、先週の12月9日に、東京電力管内では電力使用率が一時 94% に達した。これは、震災後の4月以降で最高の値だということである。夏にはここまで使用率が高くならなかったが、その要因の一つに、大口電力で契約している大企業や工場などに対し、電力使用制限令が発動されていたことがあるのかもしれない。

 一方、冬はどうなっているのか。この冬には使用制限令の発動はしない、というニュースもあった。要するに、夏と異なり冬は企業に対して節電を強制しない、ということである。

 何故強制しないのだろうか。素人目に見ると、例えば電力供給の目処がついたのか、とか、実は電力不足というのは嘘なのではないか、などなど、いろいろと憶測することは出来るかもしれない。

 ただ、よくよく調べてみると、少々事情が異なるような気もしてくる。例えば、いつものように「電気事業連合会」の資料を見てみると、東京電力管内の大口電力の昨年冬のデータは次のようになっている。


東京電力:大口電力主要業種実績

2010年10月 7,052,810,000kWh
2010年11月 6,784,492,000kWh
2010年12月 6,764,691,000kWh
2011年1月 6,551,320,000kWh
2011年2月 6,518,975,000kWh
2011年3月 5,491,308,000kWh


これを見ると、実は大口電力需要量は、10月が一番高く、冬の寒さが厳しくなるに従ってむしろ減ってきている。10月にブログに書いたときには東京電力管内の従量電灯(一般家庭が多く契約している)のデータを載せたが、それとは全く違う傾向が見てとれる。

 全体の電力使用量を抑えるためには節電は不可欠である。しかし、夏と異なり、冬は企業や工場の使用量はそれほど多い訳ではなく節電の効果は限定的にしか現れない、ということを示唆しているのかもしれない。そのようなことから、電力使用制限令は冬に出してもあまり意味がないと考えることもできるだろう。また、冬の電力需要の増加の多くは一般家庭によるものであるということもわかってくる。

 もう少し別の角度からも考察してみる。今年の夏の場合、東京電力管内で最高の利用率になったのは6月29日で、そのときは93%だったそうである。以前7月のブログに書いたが、6月は例年電力需要が少なく7月から9月にかけて増加する傾向にあるが、その間に大口電力の電力使用制限令が発動されていた、というのが夏の事情であった。

 一方で、冬も、一般家庭の契約が多い従量電灯の需要量は似たような傾向で、実際には夏よりも冬の方が需要量が多くなる、ということは以前10月にブログに書いた通りである。また、今回のデータからわかるように、大口電力の需要量は元々制限令をかけるほどではない。

 そう考えると、夏に電力不足にならなかったから冬も大丈夫、という考え方は改めた方がよさそうな気がしてくる。ただ、その割には政府や電力会社はのんびりと構えているようにも見えるので、やっぱり大丈夫じゃないのか、と考える人もいるかもしれない。

 ここでよく考えてみてほしい。冬の電力需要増加分の多くが一般家庭が契約している従量電灯の部分のようなので、冬の節電の責任は結果的に一般家庭にのしかかってくる形になるに違いない。政府や電力会社が、まさか、冬の節電の責任は自分たちにはない、とは考えていないと思うが、万が一計画停電が実施される事態になったら、政府や電力会社は何と言うのだろうか。

 ただ、今ここで責任がどうの、などと話をしても何も始まらない。結局は、自分自身で出来ることをやっていくしかない訳で、夏と同様に、無理をせず健康に影響がない程度に節電をして、しのいでいくことにしよう。

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2011年12月 9日 (金)

ジョギングの偏差値

 先日、ハーフマラソン大会に参加した。ハーフマラソンの距離は、21.0975km。実は、20km以上走るのは4月のフルマラソン以来8ヶ月ぶりである。また、仕事の疲れなどもあってか、前日に雨がやんだ後少し走ったときには、数百メートル走っただけで息が切れてきてしまった。ただ、体調は悪くなく、当日の朝も無難に目が覚めた。こういうときには、途中でバテたら、などということは一切考えずに完走を目指して走るだけである。

 今回の大会では、完走するためには、スタート午前9時35分に対して最初の関門の12.3km地点を10時59分までに通過する必要がある。スタートから84分後なので、普段の無難なペース(1km6分)なら問題ないのだが、結構起伏のあるコースで、前日あまり走れていなかったこともあって少々不安だったため、最初は少し速めに走ることにした。

 すぐに息が切れてきたが、無理をしない範囲でペースを出来るだけ落とさないように心がけたのがよかったのか、関門も無事通過して、ゴールしてみると去年よりも少し記録がよくなっていた。

11kawaguchi_kansou

 これが今回の完走証。今回のペースは1kmで約5分42秒であった。去年もこの大会に参加していて、2時間6分48秒(1km約6分)。今年は少々無理をしてしまったが、長い距離を走ること自体が久しぶりだったので多少の無理は仕方がないだろう。

 完走証にかいてある順位は、男子40歳以上で完走した795人中のものである。また、公表された全員の記録を見て確認してみると、男子の完走者1461人中では1047位、女子189人も含めたハーフマラソン完走者全体の1650人中での順位は1128位である。

 さらに、もう少し欲張って、公表されている記録データからExcelを使って統計的な計算してみた。例えば、男子40歳以上の平均(関数:AVERAGE)は1時間52分48秒で、標準偏差(関数:STDEV)は13分42秒。受験でよく使われる偏差値と同じ方法で計算してみると、私の記録「2時間0分16秒」の偏差値は 44.6 となった。

 去年の記録「2時間6分48秒」は1kmで約6分のペースだが、その偏差値は 39.2 であった。こうやって見ると、ずいぶんレベルが低いと思うかもしれないが、私自身の目的は健康維持だし、これくらいの位置でジョギングしているのが丁度いいと考えている。

 ちなみに、「どうせ走るなら、その辺にいる40歳を過ぎたおっさんよりは速く走りたい」と思う人のための参考に書いておくと

偏差値 50: 1時間52分48秒
(1km約5分20秒)
偏差値 60: 1時間39分6秒
(1km約4分41秒)
偏差値 70: 1時間25分24秒
(1km約4分2秒)

となっている。計算方法はそれほど難しくない。平均が偏差値 50 で、時間が短い方がレベルが高いため、標準偏差を引き算していき、「平均−標準偏差」が偏差値 60、「偏差値60の値−標準偏差」が偏差値 70 となる。(注意: テストの点数などのように値が上の方がレベルが高い場合は、標準偏差を足していく形になる。)

 正直なところ、私自身の走る目的は健康維持なので、数値を見ても速く走りたいとは思わなかったが、普段数学をやっている癖がでて、つい計算してしまった。まあ、数値(タイム)を眺めてみると、ジョギングの偏差値としては妥当な気がする。

 念のために書いておくと、これはローカルな地域で開催された男子40歳以上の795人のデータを使ったもので、あくまでも参考値である。また、偏差値というと何故か特別なもののように思ってしまう人がいるかもしれないが、実際にはExcelの簡単な関数の使い方さえ知っていれば誰でも計算できる単純なものである。

 ということで、ここまで計算した後に言うのもなんだが、私自身は数値そのものを気にしてストレスをためると健康維持にはマイナスになるので、走る際には、今回計算した数値のことは忘れて、ゆっくりとできるだけ長い距離を走るように心がけていくことにする。

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2011年12月 5日 (月)

何となく気になる

 ブログを始めてから、実は前回でちょうと100個目だった。だから、今回のものが101個目となるが、キリのいい100個目では触れずに101個目の今回に話を持ち出したのにはそれなりの理由がある。

 それは、ちょっと数字で楽しんでみようと思ったからである。例えば、今から101年前は「明治43年」。この「43」という数値を使って今から43年前を見ると「昭和43年」となる。何となく「1」並びの日のときと似ていて、今回は「101」から「43」という数値が偶然関連付けられた。そこで、さらに明治43年と昭和43年の出来事を調べてみることにした。

 明治43年(1910年)の歴史上で重要な出来事の一つに「日韓併合」がある。本当は、この中に何かブログのネタになりそうなことがあればいいと思っていたのだが、見つからなかった。そこで、他を探したところ「(明治43年)11月29日、白瀬矗(のぶ)らが南極探険に出発」ということが見つかった。

 このときの白瀬隊は南極点までは行けなかったが、実際に日本人が最初に南極点にたどり着いたのは、実は「昭和43年」なのだそうだ。Wikipediaの昭和43年(1968年)のところをみると、「(昭和43年)12月19日、村山雅美隊長率いる第9次越冬隊が、日本人として初めて南極点に到達」とある。

 また、今年は「南極大陸」というテレビドラマも放映されている。これは単なる偶然のような気がするが、日本人にとっては「南極」と「43」は切っても切り離せない関係なのかもしれない。

 ところで、私はテレビ番組自体あまり見ないしドラマのことはよくわからないが、インターネットで「南極大陸 ドラマ」と検索すると「木村拓哉主演」とか「(それにもかかわらず)視聴率が低迷」などのような話題が目につく。

 以前「南極物語」という映画があったが、これは昭和58年(1983年)に公開されたもので高倉健が主演だった。ただこのときは、主演俳優よりも「南極で生き残った犬のタロ・ジロ」の方に焦点を当てていたと思う。また、監修したのは、日本人で初めて南極点に行き、第1次越冬隊にも参加している村山雅美氏である。この映画が当時の日本の歴代映画興行成績で一位を記録したのには、やっぱりそれなりの理由があった、ということなのだろう。

 一方で今年のドラマ「南極大陸」が、単にTBS開局60周年と俳優起用や記録による視聴率目当てに「南極」を持ち出しただけだとしたら残念だと思う。また、このことは前回の「活気のある店の前にあったロッテリア」の話に何となく似ているような気もする。いくら映画興行成績1位をとったのと同じテーマでキムタクが出ていても、行き当たりばったりの計画ではうまくいかない、ということなのかもしれない。

 ということで、今回は「101」から「43」、それから「南極」と繋げてみた。ここからは私の個人的な話なのだが、実は、前回と今回は私の個人的なことを少し隠しながら、いろいろなことを思い出したり数字を使ったりして文章を書いてみた。

 前回の商店街の話の最初と最後の方に書いたことを加えると、私の年齢がわかるようになっていることには誰も気がついていないと思うが、「43」と今日が今回の「101番目」というブログ記事の数で偶然繋がったのは何とも不思議な感じがする。

 ただ、「43」と「南極」が繋がってしまったのはどう考えたらいいのだろうか。私はダジャレや親父ギャグには否定的な立場をとりたいので、当然「南極≠難局」と思いたいが、「なんきょく」と「43」は切っても切り離せない関係のようである。

 まあ、気にしなければいいだけの話ではある。しかし、これだけ偶然が重なると、何となく気になる上に、他のオチがどうしても思いつかない。かといって、ここで書かないと、後でもっと気になってしまうかもしれないので、誰でも思いつきそうな親父ギャグ的なオチを書いてしまうことにした。

 結局私の個人的な話になってしまうのだが、『「43」と「なんきょく」切っても切り離せないようだが、「なんきょく」で行き当たりばったりの計画だとキムタクでもうまくいかないのだから、この1年間は計画をきちんと立てて「なんきょく」を乗り越えていく必要があるのかもしれない』とオチをつけて、これから1年間は失敗がないように過ごしていくことにしよう。

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2011年12月 1日 (木)

商店街の話の続き

 先日「明日で1年」の記事を書いた後、残念ながらコメントはつかなかったが、ある方から「商店街の記事が良かった」という話があった。私自身忘れていたが、確かに1月に「最近の商店街」という記事を書いた。折角、良かったと言って頂いたので、その商店街のことについてもう少し詳しく書くことにした。

 このときに書いた商店街は、東京都北区にある「十条銀座商店街」。今は別の場所に住んでいるが、私がこの商店街の近くに住み始めたのは大学2年のときで、数えてみると16年間も住んでいたところである。前にも書いた通り、人通りも多く、今でも活気がある。意外に思う人が多いかもしれないが、そんなこともあって結構いろいろなところにさりげなく現れたりしている。

 例えば少し前のことだが、ブログに記事を書いたの同じ頃、今年1月の報道で当時は経済財政担当大臣だった海江田万里氏が、商店街視察の際に、以前(10年以上も前だが)に小渕恵三氏が「かぶ、あがれ」と言って野菜のカブを持ち上げたパフォーマンスにちなんで八百屋でカブを持ち上げた、というニュースがあった。

 小渕氏が「かぶ、あがれ」とやったのは、ちょっと調べてみると、ある農村の視察のときだったらしい。ただ、小渕邸が東京都北区の区役所近くにあるからか、総理大臣になった後、自宅に近い十条銀座商店街にも視察に来ていて、そのときにも小渕氏はカブを持ち上げていたと思う。庶民派にイメージのある小渕氏だったので、カブのパフォーマンスも、どちらかというと、この商店街でやった時の方が印象に残っているような気がする。

 今年1月の海江田氏の行動は、そのときと同じ商店街で同じことをやった、ということがポイントのようである。実際、カブを持っている写真の下を見ると「東京都北区十条」と書いてあるので間違いないと思う。小渕氏のときには何だかんだ言われながら実際に株が上がったので、それにあやかりたかったのかもしれないが、今回はほとんど話題にもならなかった感じがする。海江田氏は、(総理大臣になれなかったが)総理大臣になる前にやってしまったのが失敗だったのかもしれない。

 政治家の視察の話では、ちょっと古い話だが、北区のホームページの中に「安倍晋三が首相のときに十条銀座商店街を視察(2006/12/27)」というのもある。このページに載っている安倍氏視察の写真は、多分「魚鈴」というお店の前で撮ったものだろう。この魚屋が、十条銀座の中で最も活気があるところなので、安倍氏もそれを視察していたに違いない。(ちなみに、海江田氏がカブを持ち上げた八百屋は、写真を見るとその隣にある「アサイ」のように見えるので、多分海江田氏も同じところを視察したのだろう。)

 このポイントは、この店は特別な場所にある訳ではないのに非常に活気があって繁盛している、という点だろう。これを「下町の風情が残っている」などのような一言で説明するのは難しいような気がする。そこで、この雰囲気を文章で説明するために、逆に活気がないお店の話をしてみることにした。実は、北区のページにある安倍氏が視察に来たときの写真をよく見ると、背後にある魚屋の向かいの店はシャッターが閉まっているのがわかると思う。

 もう、15年か20年ほど前になるだろうか、ここには以前ロッテリアがあった。その当時からここは活気があって大勢の人が集まるところだったが、何故かこのロッテリアには客が(少ないのでなく)全く入っていなかった。結局ロッテリアはなくなって、それからずっと何も店が入らずシャッターは閉まったままである。

 このロッテリアは別にサービスが悪い訳ではなく、ごく普通の感じだったと思う。また、この地域は、確かにお年寄りの方々が比較的多いところだが、駅の周辺には私立の大学や高校などがあって若い世代も多く、駅前のマクドナルドやミスタードーナツなどは、結構客が入っていた。ただ、この場所は駅からは少し離れていたので、黙っているだけで人が集まる場所ではない。

 それでも、ここにある魚屋や八百屋のおかげで、この場所が商店街の中で最も賑わうところになっていた。当時のロッテリアも悪くはなかったと思うが、この魚屋はそれ以上に何らかの工夫を凝らしているのかもしれない。そういうことから、政治家などもよく視察に訪れるているのだろう。

 ここまで商店街の話を書いていたら、この近くにあるドトールのことを少し思い出した。これは単なる思い出話のようなものだが、この辺で政治家の視察の話は終わりにして話を変えることにする。

 このドトールは、なくなったロッテリアと違い客も入っていて、ずっと続いている。続いている理由はいろいろあるかもしれないが、そのひとつは、この店にいた当時のスタッフが有能だったからではないかと思っている。例えば、何度か来た客の顔や注文を覚えてしまうようで、注文するときに客に合わせて(例えば、私には「砂糖・ミルクはなしですよね」などのように)声をかけていた。

 それから何年も経った後(といっても10年近く前の話だが)、商店街内の駅の近くの方にサンマルクカフェがオープンしたが、そのときのオープニングスタッフの中に、何と前にドトールで働いていた人が何人もいて、同じようにやっていた。また、その中の一人が店長のようで、並んでいる客の顔を見ながら他の店員に「この人はこれ」などと指示を出しているようにも見えた。

 もう一つ加えると、隣の駅(赤羽)近くの商店街でサンマルクカフェが開店したときにも一人いて、私のことを覚えていた。そのときに少し話をところ、別の喫茶店でも働いていると言っていたので、いろいろなところで頼りにされているに違いない。

 他にも書きだすとキリがないが、いろいろ思い出してみると、この商店街は他とはちょっと違った活気があったような気がする。そんなことを思い出してきたら、久しぶりに買い物にでも行きたくなってきた。私が別の地域に引っ越してから、もうすぐ8年が経つことになるし、今年の1月に行ったときにも店が結構変わっていたりしたが、気分だけでも味わいに、また行ってみることにしよう。

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