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2011年11月

2011年11月27日 (日)

実態が掴めないもの

 「iCloud」が始まって、すでに1ヶ月以上が過ぎてしまった。実のところ、「iCloud」が始まったばかりの頃は、始めてから10日後くらいをめどにブログに記事を載せようと考えていた。だが、ちょうど文章を書く準備を始めようとしたタイミングで交通事故を目撃してしまったので、その事故のことを先に書いてしまった。

 そして「次はiCloudを...」と思っていたら、新聞の広告で気になる本のタイトルを見つけたり、単位の話や人口の話のニュースが気になったりして、ズルズルと先送りしているうちに、ブログに書くタイミングを失ってしまった。

 「iCloud」が始まる前にさんざん期待していたと書いたわりには、始まってからこれまで何も書いていない。ということで、今回は最初に言い訳じみたことを書いてしまった。これはこれで事実なのだが、こうなった理由は、単にズルズル後回しになってしまったことだけなのだろうか。

 例えば、私自身は「クラウドコンピューティング」を利用する目的があったわけではなく、単に「新しいもの」ということで、始まる前にあれこれ考えていただけだったと思う。だから、他に気になるものが現れた時点で、興味がそちらに移ってしまったのだろう。

 これに限ったことではないが、特に使う必然性がなく目的もあやふやだと、こんな風に「ズルズル後回しになった挙げ句、何もしなかった」となるのは当然の結果だ、とも言える。

 また、「iCloud」の導入が簡単で、「メール」や「スケジュール(iCal)」は何の設定もせずに利用できてしまったので、それで満足してしまった、ということもあるかもしれない。

 5月にiPod touchを手に入れたときには、「パケット代の節約」ということを目的に、「無線LAN」を有効に使うことで慣れていって、結果としてパケット代節約の恩恵を受けている。それと比較すると、簡単に使える「メール」と「スケジュール(iCal)」は、毎日使っているものの簡単すぎるためか、それを「iCloud」からの恩恵だとは感じていないような気がする。

 「必然性がない」「目的がない」「恩恵を感じない」と、これだけ「...ない」が揃ってしまったところで、重要なことに気がついた。そもそも「クラウドコンピューティング」というものは、「雲に隠れている」というイメージを持っているようである。普段の生活の中で特に意識をしていなければ「雲に隠れているもの」の実態など掴みようがない。

 一方、「家電」「ハイテク」「IT」などと呼ばれたものは何らかの形で目に見えるものがほとんどだったような気がする。また、Googleなどのサービスは、目には見えないものに含まれるかもしれないが、実際にはブラウザなどの目に見える形のソフトウェアを介して利用することが多く、さらに「Google」という文字や余計な広告などが目に見える形で飛び込んできてしまう。

 私は他の「クラウドコンピューティング」のサービスはほとんど使ったことがないが、おそらく大多数のものは自分自身のサービスの宣伝のために、何らかの形でサービスを使っていることが目に見えるような仕掛けになっているに違いない。また、無料のサービスなら、それ以外にも余計な広告などがついているかもしれない。

 それに対して、「iCloud」はそうではない。使っていても何も現れない。「iCloud」という文字すら現れないし、広告など現れるはずもない。それに、インターネットに繋がっていないときにも、何のメッセージも現れず動作も変わらない。だから、「iCloud」を使っている時と使っていない時の区別が全くつかない。

 まあ、まだ「メール」と「スケジュール(iCal)」だけしか使ってないので、もしかしたら他に違うものがあるかもしれない。ただ、日本では使えないことになっている音楽ファイルの共有なども、おそらく「iCloud」を使っているかどうかの区別ができないくらい当たり前のように利用できるのだろう。

 結局、サービスが始まってからこれまでブログに何も「iCloud」について書く意欲が湧かなかったのは、それが本当の意味での「雲に隠れている」サービスであるため、使っていることを全く意識していなかったから、という見方もできる。実際、「...ない」という感覚がこれだけ揃ってしまったのは、その証拠の一つなのかもしれない。

 このような実態が掴めないものについて、とりあえず今回はそれなりに文章量がある記事にできたが、もう少しきちんとした利用目的があれば、もっと実態を掴みやすくなるはずである。後付けでも構わないので、「雲に隠れている」という特性を生かした利用目的をこれから考えてみることにしよう。

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2011年11月23日 (水)

2年目最初のブログ記事

 今回からブログが2年目に突入する。そのため、この記事のタイトルはとりあえずキリがいい感じのものにしてみた。ただ、正直なところ今日は祝日でのんびりしたい気分で、なおかつ何か書きたいことが思いついた訳でもない。「2年目の最初からそんなことでいいのか」とお叱りを受けそうな書き出しになってしまったが、それでも今回は、こんな気分で何となく思いついたことを書いてみることにした。

 ここ1ヶ月の間のブログの記事を見てみると、交通事故を目撃したり、ちょっと気になるニュースがあったり、タイミングよく「1」並びの日に当たったり、仕事で日曜日も出かけていて休みが全くなかったり、などなどの理由であっという間に時間が過ぎていったことがよくわかる。また、仕事だったとはいえ秋の気分も味わえたし、時間の合間に読書の時間もとってブログにも少し本のことを書いたし、それなりに充実していたようには見える。

 そんなことを思いながら、ふと思ったことがある。去年までは、こんなに忙しかったら、おそらく本を読む時間もそれほど取らずに合間の時間はボケッと休んでいたような気がするし、引率で山に行っても仕事で疲れた次の日に歩くときには、とにかく全員が怪我なく無事に歩けるようにということだけを考えて、周りの風景を楽しむ余裕などはなかったと思う。今日だってそうである。これまでなら、のんびりしたい気分の休日は、こんな文章など書かずに、実際に何もせずにのんびり過ごしていたに違いない。

 それに対して、今年は何となく違う過ごし方をしているような気がする。何か書きたいことがあって記事にするのが本来のあるべき姿かもしれないので、ブログの記事を書くために何かをするというのは本末転倒な感じもする。ただ、1年続けているうちに、普段の生活の中で「ブログのネタに使えそうなものはないかな」と考えながら過ごす習慣が自然に身についてしまったのかもしれない。

 そういえば、「習慣」という言葉を以前広辞苑や英英辞典で少し調べて記事にしてみたことがあったのを思い出した。そのときの記事は「朝起きる習慣」というタイトルだったが、改めて読んでみると、何となくこの話と似ているようである。とりあえず「4日ごとに更新することを実行する」ということを繰り返しているうちに身についた習慣、ということもできるのだろう。

 実際には、常に4日おきに何か思いつく訳ではなく、時には同じ日に複数のネタを思いついたり、時には何も思いつかないときが続くこともある。ただ、それらを平均すると、大体4日ごとに更新していれば、それほど困ることはないような感じである。

 また、たまには今回の記事のように、特に目的もなく何となくパソコンに向かってキーボードを打っているうちに文章ができてしまうような時もある。「そんなネタも目的もないときには書かなければいいのに」と考えることもあるが、「そうは言っても、たまにはこういう時があってもいいか」と思って今日のようにとりあえず書いてしまう。

 その一方で、3月の東日本大震災の直後には「3日ごと」というペースで書いてみたが、このときはそうは思わずに、「4日ごと」のペースに戻してしまった。正直なところ、「4日ごと」が何故私にとっていいサイクルなのかは全くわからないが、実際にこのペースだと何となく文章を書いてしまうのが不思議な感じである。

 ということで、何の目的もなく文章を書いてしまったが、同じようなことを繰り返し書いている感じになってきたので、そろそろまとめて終わりにした方がよさそうである。まあ、こうやって書いている本人が言うのもなんだが、私自身、次はどのような記事がこのブログに載るのか、ということを結構楽しみにしていたりする。2年目に突入したこのブログは、そうやって私自身でも読むことが楽しみになるようなものになればいいと思っている。

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2011年11月19日 (土)

明日で1年

 このブログの記事の最初の日付は、2010年11月20日。ということは、明日でちょうど1年となる。私は元々筆無精で、日記などをつけたことはほとんどない。だから、1年の間にこれほどの文章を書くのは初めての経験で、本当によく続いたと自分でも驚いている。

 ところで、この1年間いろいろと書いてみたが、今回は「この1年に自分で書いたものの中で、代表として3つ挙げるとしたら何?」ということを自分で勝手に考えてみた。どれも大した文章はないなのが、趣味のジョギング、新しくしたもの、仕事の数学にまつわる話から次の3つを挙げることにした。


スタートライン
このブログの3番目の記事。走っているときに何となく思いついたアイディアで書いてみた記事である。いつも同じような気持ちで走っているからか、1年経った今でも何となく新鮮な気持ちで読むことができる。

物を一気にリフレッシュ
単に新しくしたものを紹介しただけだが、私の今年の1年を象徴する出来事の一つ。デジタルなパソコンとiPod touchなどを購入したが、半年間ずっと使い込んでいるせいか、すでに生活必需品となっている。ただ、ここ1、2ヶ月ほどはパソコンでブログの文章を打ったり、iPod touchでニュースを見たりするくらいしか使ってないので、少し目新しい使い道も考えたいところである。

広辞苑の中の「数学」
NHKのクローズアップ現代で数学の話もあったし、7月後半から8月初旬の間は忙しくて記事を書く時間がないだろうと思って、書き溜めておいたものをこの時期に公開した。広辞苑で「数学」という単語の意味を調べる人がどれほどいるかはわからないが、普通なら見向きもされないだろう、と思うようなことをとりあげて記事にできたのがよかったと思っている。


 念のため、この3つの記事は、私が勝手に書いたものの中から自分自身の基準で主観的に挙げただけなので、読んで頂いている皆様からは異論もあるかもしれないが、ご容赦いただきたい。

 次回から2年目に突入する。基本的には今のスタイルを保って記事を書き続けていくつもりだが、最初につけたブログのサブタイトルはなくすことにした。実際、このサブタイトルにふさわしい記事が最近はない。ということで、これといった目的は特にないのだが、そのときに思いついたことを今後も書いていくことにする。

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追伸:
もし「これまでの記事で、これがよかった」というものがあったらコメントを下さい。

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2011年11月15日 (火)

何年ぶりだろうか?

 今回も仕事で高校生を連れて山へ行ってきた話である。この時期にこういう風な話をすると、大抵は「今は紅葉がきれいでいいですね」という話になる。例えば、今回は山へ行く装備で電車に乗ったところ、そばにいた見ず知らずの方から「これから山ですか。いいですね」と声をかけられた。

 確かに、趣味で紅葉を見に行くのは悪くないと思う。ただ、仕事で高校生の引率で行くとなると、体力も使う上に、事故や怪我、その他もろもろのことを心配しながら、無事に高校生を連れて行かなければならないので、やっぱり気楽にという訳にもいかない。

 実際、「いいですね」という話がある一方で、この仕事を変わってやりたいという人は今のところ現れていない。まあ、こんなところで愚痴をこぼしても仕方がないのだが、前回と今回連れて行った高校生は、しっかりしていて体力的にも問題はないので、油断さえしなければ無難に歩いてくれるだろう、と思いながら私も少しはゆとりをもって途中でブログのネタに写真でも撮りながら歩いてきた。

 行ったのはこの前の土日。歩いたところは、山梨県の大菩薩嶺から大菩薩峠を抜けて奥多摩方面へ下山するコースである。このコースは、私にとっては4年か5年ぶりの久しぶりのところだが、比較的歩きやすく人気がある。今回も土曜日に我々がテント場についたときには、他に2つほどのグループがすでにテントを張っていた。

111115_fukuchan_sou

 テントで一晩あかして、日曜の早朝に出発。朝6時過ぎくらいは、まだ山の尾根は雲(霧)で覆われていた。

111115_asa_kumo

 しかし、大菩薩嶺(標高2,057m)の山頂についてみると、霧は思ったほど厚くはなく、うっすらと太陽の光も届く程度であった。

111115_kiri_mae

 そして、しばらく休んでいたら、霧が晴れて来てきた。

111115_kiri_ato

 霧が晴れた後は、天気もよくなり、気分よく歩くことができた。次の写真は歩いている途中で撮ったもの。左下の縦に黒くなっているのは、私が写真を撮っている姿の影。

111115_tozandou

 このような見通しのいい登山道を歩いたのだが、その途中に次のような標識が立っていた。

111115_2000m

 どうも、ちょうど2000年に標高2000m地点のところで、という趣旨で建てられたものらしい。別に山頂でも何でもないところだし、他にも標高2000mの地点はたくさんあるはずだが、何故この場所が選ばれたかは不明である。

 そうこうしているうちに、大菩薩峠に到着。

111115_daibosatu

 富士山がはっきりと見えて、非常に眺めがいい。

111115_fuji

 昔、小説や映画の舞台にもなったところらしいので年配の方には人気の場所のようだが、私はよく知らない。ただ、こういう登山道には珍しく、お土産屋さんなどもある。

111115_omise

 ということで、大菩薩からの眺めを4年から5年ぶりに見ることができたので、後は下山である。前回も下山途中で秋の雰囲気がわかる写真を撮ったが、同じような写真ではつまらないと思い、紅葉の木々の中から太陽の光が差し込んでいる、という感じの写真を撮ってみた。

111115_kouyou

 と、こんな感じで登山道を歩いていた途中のことだった。前の方をよく見ると、どこか見覚えのある人が登山道の道ばたで座って休憩をしていた。どうも向こうも私のことが気になっているように見えたので思い切って声をかけてみたところ、やっぱりそうであった。

 何と、私が高校生のときのクラス担任だった先生と、こんなところで鉢合わせになった。高校卒業以来会っていないので、25年、26年ぶりくらいだろうか。ちょっと声をかけただけだったが、その先生も私のことをいろいろと覚えていて、ちょっと感動した。

 実は、大菩薩のコースは今回で3回目なのだが、最初に来た6年か7年ほど前のときには、大学でお世話になった先生と鉢合わせになったりしたこともある。やっぱり、ここは人気のコースなので知り合いに会う確率も高いのかもしれない。

 そんなことを考えながら歩いていたら、いつのまにか、ふもとに近いワサビ田があるところまで下山していた。

111115_wasabida

 ということで、今回の山歩きは無難に終了した。私は冬は山へ行かないので、今シーズンの山歩きはこれで終わり。(次回はおそらく来年の4月か5月の予定)また、天気予報では今週半ばから寒くなるそうで、比較的暖かい中での行楽も先週末がおそらく最後になるからか、帰りのバスは行楽客で超満員だった。そんな中、事故も怪我もなく、今年もこの仕事を無難に終わることができてホッとしながら帰宅した。

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2011年11月11日 (金)

「1」並びの日

 西暦の下二桁だけを取った上で月日を合わせると、今日は「'11/11/11」で、「1」が6個並ぶ日。特に何かがある訳ではないが、今回は「1」並びの数字を使ってちょっと楽しみながら記事を書いてみることにした。

 私は「1」が並んでいるものを見ると、数字の二進法を思い出してしまう。「二進法って何?」と思った方のために、簡単に説明しよう。広辞苑を見ると


・実数を二つの数字0・1を用いて表す記数法。整数2・3・4・5を、それぞれ10, 11, 100, 101とする類。コンピュータに用いられる。


と書かれている。もう少し具体的に数値を書くと、「二進法の1=十進法の1」「二進法の10=十進法の2」「二進法の11=十進法の3」「二進法の100=十進法の4」「二進法の101=十進法の5」「二進法の110=十進法の6」「二進法の111=十進法の7」「二進法の1000=十進法の8」「二進法の1001=十進法の9」...という規則で表される数値の記述法である。

 例えば、今月に入って私がブログを更新した「3日」と「7日」の数値を二進法にすると、それぞれ「11」「111」となる。さらに、今日は「十進法の11」で、4日後(次回更新予定)の「15日」が「十進法の15=二進法の1111」だから、次回のブログ更新日まで「1」がずっと並ぶことになる。ちなみに11月は30日までしかないので、残念ながら次の「1」が5つ並ぶ「二進法の11111=十進法の31」の日付にはならないが、これだけきれいに「1」が並ぶと何となく気分がいい。

 ただ、これで終わりではつまらないので、今日の年月日と同様に「1」が6個並んだ二進法の数についても考えてみた。「二進法の111111=十進法の63」となるが、この数値から何か「1」並びにまつわることが見つかったら面白いと思い、63年前の「1948年」の出来事が書いてある Wikipedia のページをちょっと覗いてみることにした。

 今から63年前の1948年のところを見ると、終戦直後の混乱の中からようやく戦後の日本社会が動きだし始めたばかりの頃の出来事が並んでいる。

 そんな中、GHQの申し入れで10月1日に「警察通報用電話(110番)」が開始された、ということが載っていた。全てが「1」ではないが、「ダイヤル式電話機で素早くかけられる」「覚えやすい」などの理由で「1」並びが採用されたらしい。

 ということで、「1」並びにまつわることが結構あっさりと見つかった。また、「10月1日に110番が開始」だから、日付と合わせても「0」と「1」のみしか使われていない。そこで、ここからさらに二進法を使って調べてみたくなってきた。

 今度は101と110を組み合わせて「二進法の101110=十進法の46」を使ってみる。1948年からさらに46年遡って「1902年」の出来事を調べてみたところ、すぐ目に入ってきたのは八甲田雪中行軍遭難事件である。

 「八甲田山」という映画にもなった出来事で、明治時代に旧日本陸軍の冬期訓練中に起こった遭難事件である。この事件では、遭難した部隊にいた210名のうち死者は 199名 で、生還したのはたった11名だったそうだ。何とも痛ましい出来事だが、ここに今日の日付と同じ「11」を発見した。

 次に、101と110を逆にして、「二進法の110101=十進法の53」も見てみよう。1948年から53年遡った1895年は、日清戦争が終わって日本と清の間で講和条約が締結された年である。それは「下関条約」であるが、その本条約をよく見ると、条文が全部で第十一条までとなっていた。

 ここでは、思いのほか簡単に今日の日付と同じ「11」を発見することができた。そこで、もう少し同じパターンで調べるために、今度は今年から「46年前」と「53年前」の出来事をみた。すると、今年の2011年から46年前の「1965年」には、テレビ番組の11PMが開始されたことや、初の国産旅客機 YS-11 が就航した、という話題があり、簡単に2つの「11」が見つかった。

 また、今年から53年前の「1958年」は高さが約333mの東京タワーが完成した年である。「十進法の3=二進法の11」だから、各位の「3」をそれぞれ二進法にすると「11」「11」「11」となっているように見える。

 今回はいつもと趣向を変えて数字(二進法)で楽しんでみたが、今日('11/11/11)と同じ並びが現れて振り出しに戻ったところで終わりにしておくことにしよう。「1」が並ぶ日付は今日以外にも「1月1日」「1月11日」「11月1日」があるが、これだけの偶然が重なるのは「11月11日」だけのような気がする。そういう意味で、今日こそが「1」並びの日にふさわしいのかもしれない。

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2011年11月 7日 (月)

世界の人口

 先週、世界の人口が70億人と超えた、というニュースがあった。私が小学生の頃に学校で教わったときには、確か42億人くらいだったような気がする。こんな話をすると、私の歳がわかってしまいそうだが、 「世界人口白書2011・日本語版」の2ページから3ページにあるグラフによると、世界の人口が40億人になったのは1974年で、それから12年から13年おきに10億人ずつ人口が増えているそうである。こういう話を聞くと、実際に人口の増え方は本当にものすごく急激なように感じる。

 一方、このグラフには時代をさらにさかのぼってみることもできる。例えば、西暦1804年に世界の人口は10億人、と書いてある。また、2000年前は3億人程度だったそうだ。ただ、ここで「200年前や2000年前の世界の人口など、統計データもなさそうな気がするが、どうやって調べたのか?」などという素朴な疑問が出てきてしまった。

 そこで、今回は、世界の人口のことについてインターネットで検索して軽く調べてみることにした。「世界 人口 統計」のキーワードで検索したら、総務省統計局にある「世界の統計」の「第2章 人口」の項目が出てきたので、そこにある「世界の統計」のファイルをダウンロードして中身を確かめてみた。

 その第2章の最初の部分を読むと、人口数には「センサス人口」と「推計人口」というものがあるそうだ。言葉の意味を簡単に要約すると


・「センサス人口」: 国勢調査などによるデータ
・「推計人口」: センサス人口を基に計算したもの


ということになる。例えば、日本では国勢調査の行われる、西暦の末尾が「0」「5」の年は「センサス人口」、それ以外は「推計人口」となっているそうだ。

 私は、てっきり各自治体の住民票の登録数などを毎年集計して日本の人口を算出していると思っていたのだが、そうではないようである。

 この辺りは「数学に基づく方法」によって、多少の誤差があることは認識しながら計算して、全体の人口数を把握しよう、ということなのだろう。確かに、年金不正受給の話などのように住民票にも当てにならないものが含まれている可能性があるだろうから、こういったときには「数学に基づく方法」の方が全体を把握するには都合がいいのかもしれない。

 世界全体の話で言うと、国際連合では「統計部」において各国から報告された「センサス人口」「推計人口」を取りまとめを行い、「人口部」というところ「世界の推計人口」を計算しているそうだ。私が参照した総務省統計局のデータは、その国連の計算データを参照していて、「推計人口」にはその年の7月1日の数値(年央推計人口)が載っている。

 また、「センサス人口」も載っているが、この人口の数値をよく見ると、それぞれの国や地域によって調査した年や条件がまちまちで、そのまま「センサス人口」を比較したり合計したりすることはできそうもない。そこで、全ての国の人口を同じ条件で比較するために「7月1日推計人口」を計算しているのだろう。例えば韓国は、1年間の人口の変動などがあるからか、2005年の「センサス人口」は約4727万9千人なのに対し、計算による「(7月1日)推計人口」は約4813万8千人である。

 他には、例えばアフガニスタンの「センサス人口」は、1979年とデータがかなり古い。アフガニスタン紛争でソ連がアフガニスタンに侵攻したのが1979年12月24日らしいので、その直前のデータのようだ。それ以降の最近のデータはここには書かれていない。また、このような国の人口を計算することも非常に難しいのか、「推計人口」のところも空欄になっている。

 このようなさまざまな事情を考慮しながら、国連では各国の人口を合計しているのではなく、慎重に世界の「推計人口」を独自の方法で計算しているのだろう。先週のニュースは、その「推計人口」が70億人と超えた、ということのようである。

 今回は、人口の数値の意味を調べてみたが、こうみると「70億人目に誕生した人は?」などということを考えること自体には、あまり意味はなさそうな気がする。ただ、世界の人を一人一人数えることが実質的に不可能な現状で「数学に基づく方法」で世界の人口を計算して算出することには大いに意味があるに違いない。そのうち、具体的な算出方法なども、もう少し詳しく調べてみることにしよう。

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2011年11月 3日 (木)

東京都の最高地点

 この前の日曜、高校生を引率して「雲取山」へ行ってきた。東京都の西の端に位置し、標高は2017.1メートル。東京都で最も高い場所である。今回は、そのときの写真などを簡単に紹介することにした。

 まずは、登る途中で野生の鹿がお出迎え。

Kumotori_shika

 天気の方は、基本的には曇り空。少し心配していたが、鹿に遭遇したときや山頂に着いたときは、雲の間から時々日が射してきて、風もなく歩きやすい天候だった。今回連れてきた高校生は日頃の行いがよかったのかもしれない。

 ところで、これが東京都の最高地点にある一等三角点と東京都が設置した「雲取山」の標識である。

Kumotori_sanchou

 東京都で最も高いところにある割には、ちょっと地味な感じがする。一方、ここは埼玉県との境にもなっていて、一等三角点とは少し離れたところに埼玉県が設置した「雲取山」の標識もある。

Kumotori_saitama

 こっちの方が目立つ上に、後ろにはうっすらと富士山も見えるため眺めもいい。山頂に来た人は、大抵こちらの標識をバックに記念撮影をするに違いない。

 この日は曇り空だったこともあって、東京の中心部の方は雲に覆われていた。

Kumotori_tokyo

 「東京の雲の上を見ている」と思うと、何となく気分がいい。また、曇り空の中途半端な天気だからか、雲が下と上の2層になっているのが見てとれる。山頂付近から富士山を撮った写真もそうなっていた。

Kumotori_fuji

 こういう景色は理科の勉強に丁度いい。Wikipediaの「対流圏」によると、地球の大気のうち対流圏は地表から上空11km(11000メートル)までの大気で、それは大きく次の2つの層にわけられる。

・大気境界層: 地表から上空1km(1000メートル)まで
・自由大気: 上空1km(1000メートル)から11kmまで

雲取山は標高2017.1メートルなので、山頂は地表の空気とは異なる「自由大気」の層。上の2つの写真を見ると、下の雲や山の中腹付近のうっすらと白くなっているところが「大気境界層」との境目付近で、それがきれいにわかる。また、上空の雲はおそらく高度11000メートルに近い対流圏と成層圏の境目付近だと思われる。

 今回は晴天ではなかったが「雲取山」の「雲」を楽しむことができたのはラッキーであった。ということで、いろいろと山頂で眺めを楽しめたので、あとは下山するのみ。

Kumotori_sandou

 さすが東京都で最も高いところだけあって、ここから帰るのも一苦労なのだが、途中の登山道は秋も深まっていて、一足早く秋の気分を味わえる。

Kumotori_aki

 こうやって書くと、何となく気分よく帰ってきたようにみえるかもしれないが、正直なところ最近仕事も忙しかったこともあって、まだ疲労が残っていて結構しんどい。今回はこれくらいにして、今日は久しぶりにゆっくり休息しよう。

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