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2011年8月27日 (土)

数学に基づく方法

 先日、日経プレミアシリーズ(新書)の「ものつくり敗戦」(木村英紀著)を読んだ。副題には、「匠の呪縛」が日本を衰退させる、と書いてあり、日本の科学・技術や製造業などの業界が犯している過ちについて、さまざまな角度から論じている本である。

 私がこの本に興味を持った理由の1つは、その中に数学に関する話が出てくるからである。著者は本の中で、日本の工学研究では理論が重視されない、ということを問題視していて、その風潮は例えば「数学の停滞」にあらわれている、と序章に書いている。

 本文中では数学に関する記述はそれほど多くないが、読んでいくと、技術の世界で主導権を握っている「理論」「システム」「ソフトウェア」という、日本が苦手としている部分の多くが数学的な考え方を基盤に構築されていることなども書いてある。

 ただ、この本を読んだだけだと、何となく数学が重要そうな気がする、という程度しか伝わってこない感じがする。著者自身は、工学の制御理論の分野で数学を駆使して活躍する第一線の研究者だということで、この辺りのことはきちんと理解しているだろう。ただ、この本は研究者ではない一般の人向けの新書版の本なので、数学に触れることは最小限にしたのかもしれない。

 そこで、私が理解できる範囲で、まずは「日本のものつくり」の考え方は「数学に基づく方法」が根付いている社会の考え方と何が違うのかについて、少し考えてみることにした。

 その話のために、まずは以前作成した「正17角形の折り紙作図」をみてほしい。(次の写真はそのときに作ったもの)

Sei17ori

 これは「折り紙の数理と科学」のP.96からP.102の内容によるもので、作図のポイントは、「折り紙公理に基づいて折ることによって、中心角が 720÷17=42.35⋯度となるような直線を作る」ということである。

Kakudo1

 この図は、きちんと数学的に証明された正確な折り方に従ったもの、すなわち「数学に基づく方法」を利用して作成している。ただ、実際にやってみると、私のような素人だと常に正確に折れる訳ではないため、折った際に現れるちょっとした誤差が大きく影響して、かなりズレてしまう。

 それでも、写真のものは私が作った中では精度がいい方だ。実際、分度器で角度を測ると、引いた線(芯が0.5mmのシャープペンシルを使用)が分度器の42度と43度の間を通っていることがわかる。(ただ、最初の写真は正確な正17角形にはなっていません。)

Kakudo2

(もしよかったら、作図の手順をまとめた資料を作りましたので、この記事を読んだ後、そちら(この記事の最後に資料へのリンクがあります)もご覧ください。)

 と、ここまで正17角形の折り紙作図の話を聞いてどう思ったか。例えば「何だ。ズレていたら駄目じゃないか」と感じた人はいないだろうか。

 ここで、まったく違う秘伝の折り方で、より正確なものを作ることができる人(匠)がいたとしよう。そのとき、「正17角形の作り方を知らない人」は、私のような素人が折った結構ズレている「数学に基づくもの」と、信頼と実績のある匠が秘伝の方法で折った「寸分の狂いがないように見えるもの」と、どちらが「正しいもの」と判断するのだろうか。

 このような疑問を投げかけられたとき、いくら「数学に基づいた方法で作ったのだから正しい」と言われても、それが結構ズレていたりすると、結局「素人が作るものはズレているから駄目だ。やっぱり匠が作ったものこそが本物だ」という結論になることが多いのではなかろうか。

 一方、「数学に基づく方法」が根付いている社会では、このようなとき「寸分の狂いがないように見えても、やっぱり数学的に説明できない方法では信用できない」と考えるのではなかろうか。もう少し突っ込んで考えると、「多少のズレはつきもので、数学に基づいているかどうかが問題だ」という見方をするかもしれない。

 誤解のないように書くと、当然、匠が作ったものは「品質が非常に良い」という意味で高く評価されるべきである。ここで問題にしているのは、「正17角形の作り方を知らない人」が「その正しさ」をどのように判断する傾向にあるか、という点である。

 ただ、当然誤差が大きすぎるのはよくない。例えば、この正17角形の場合では、「42.35⋯度」と比べたとき、「0.5mmの太さの線が分度器の42度と43度の間を通っている」ことがわかれば、それより小さい精度で多少ズレていても仕方がない、といった意味付けは必要だろう。

 「数学に基づいていれば、合理的な説明が可能な程度の誤差は許容できる」という判断ができるかどうか。「日本のものつくり」と「数学に基づく方法」が根付いた社会の考え方の違いは、こんなところに現れているような気がする。

 ちなみに、折り紙の世界が「日本のものつくり」的かというと、そうではない。例えば「多面体の折り紙」(川村みゆき著)という本のP.86に「(数学的に正確な正17角形の)折り方は非常に折りにくく仕上がりも不安定であまり実用的ではありません。そこで.........で近似してやります。このときの相対誤差は......%です。」という記述がある。正確ではないが実用的な折り方を数学の考え(近似)に基づいて提示し、それによる誤差もきちんと計算している。

 他にもいろいろな要素があるかもしれないが、今の私の理解できる範囲ではこの程度の考察が限界のようだ。技術の世界で「理論」「システム」「ソフトウェア」が数学とどのように関わっているか、など、面白そうな話題はたくさんあると思うので、今後いろいろな形で理解を深めていきたい。

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追伸:
正17角形の折り紙作図の手順をまとめた資料を作ってみました。次のリンクをクリックするとPDFファイル(容量: 935,268 バイト)が開きます。ただし、容量が大きいので携帯電話の回線でブログを見ている方はお控えください。

正17角形の折り紙作図の手順

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