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2011年6月

2011年6月28日 (火)

当たり前のこと

 前回書いたが、先週新しい辞書を購入した。先月新しいMacとiPod touchを手に入れてから、調べたいものがあるとインターネットで検索してみることが多かったが、久しぶりに辞書を使ってみて気がついたことがある。

 辞書に書いてあることは地味な文章だけだが、大げさに言うこともなく、余計なお世話と感じることもない。さらに、文章は短めだが、情報が足りないと思うこともない。この感覚は、インターネットで検索して調べていたときとは全く異なるものである。

 インターネットで検索して得られるものは、基本的に他人の持っている情報である。そう考えると当たり前のことなのかもしれないが、人の噂話と同様に、大げさだったり、余計なお世話だったり、あるいは注意すべき重要な点が抜けていたりするものも、ネット上には多くなってしまうのだろう。

 以前ブログでも書いた「ネット上の情報は何とも中途半端な気がしてならない」という気分は、こういうことだったのかもしれない。自分の手の内にない他人の情報だけで物事を考えようとしても、結局は中途半端にしか理解できない。よくよく考えてみたら、これも当たり前のことである。

 他人の噂話に惑わされることなく、しっかりと自分自身で調べて物事を理解する。以前は当たり前のようにそうやっていたと思うのだが、最近は新しいものに少し夢中になってしまったのか、そのことを忘れていたようだ。ただ、このようなことに気がついたというのも、私も少しは新しいものに慣れてきたからなのかもしれない。

 最近は、愚痴っぽくなっていたのか、ブログの文章も長めになっていたようである。新しいものにも少し慣れてきたことだし、今回はこの辺で終わりにして、次に書く内容を考えながら辞書をいろいろと眺めることにしよう。

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2011年6月24日 (金)

新しい辞書

 前回、最近のブログには季節感がなかった、という話を書いたが、もう一つ最近の記事で以前と少し異なる点がある。それは、広辞苑などの辞書をあまり使わなくなった、ということである。意図して使わなかった訳ではないが、これにはちょっとした理由がある。

 実は、パソコンと同様、広辞苑も少し古い第五版を使っていたため、先月MacbookProやiPod touchを購入した際に、広辞苑などの辞書類も新しく買い替えようか悩んでいた。

 辞書類を新しくしようと思うと、今は本だけでなく電子辞書という選択肢もある。私は少し古い人間なのか「やっぱり辞書は本でないと」と思う一方で「新しくするなら電子辞書にした方がいいのか?」と考えているうちに1ヶ月以上過ぎてしまった、といったところである。

 しかし、今週に入って「ネットなどの情報ばかりでなく広辞苑も電子媒体になってしまうと、情報収集のバランスが悪くなるのではないか」という思いが強くなり、結局、広辞苑の第六版も本のものを購入した。

 ついでに、英英辞典も学生時代の古いものを使っていたため新しくした。こちらも本(Oxford Advanced Learner's Dictionary 8th Ed.)を購入したが、中身がカラーになった上にパソコンで使うDVD-ROMが付属している。宣伝文句を見ると「カラーでDVD付きは日本だけ」なのだそうだ。

 出版社としては、日本で売れるように考えて工夫したのだと思う。ただ、私は「カラーでDVD付きは日本だけ(で世界標準ではない)」という言葉をみて、出版社の意図とは違う意味で少しホッとした気分になった。(この部分は私のちょっと誤解があったようだ。確かにフルカラーでDVDは日本だけだが、輸入版も2色刷でCD-ROMが付いているそうだ。「日本だけ」とは少し言い過ぎでは?)

 まあ、日本のことは気にせずに、さっそく広辞苑の第六版を開いてみた。最近、IT関連の話題ばかり書いていたこともあって、パラパラとページをめくりながらその点に注意して見ていると、第五版にはなかった「IT」「アマゾン・ドット・コム」「グーグル」などが、第六版に新たに加わっていることに気がついた。(ちなみに、ヤフーは第五版にも第六版にもない。)

 また、「電子」の項目には、電子のつく単語がたくさん並んでいるのだが、第六版で新たに「電子化」「電子会議室」「電子掲示板」「電子決済」「電子広告」「電子商取引」「電子書籍」「電子署名」「電子透かし」「電子スチルビデオカメラ」「電子政府」「電子タグ」「電子投票」「電子入札」「電子認証」と、15個も加わっていた。

 広辞苑、第六版の序には「ことばは絶えず変化し、揺れている。その流動の傾向を後世に示しておくのも辞書の使命である。」と書いてある。確かに、この「電子」の項目は、「ことばの流動の傾向」を示すものの一つであろう。

 本の辞書だからこそ、何となくページをパラパラめくって、このような傾向を確認することができるのだと思う。私が、電子辞書に限らず、ネットの情報を含む電子媒体の情報に慣れていないからかもしれないが、検索をかけながら探す方式は「ある情報のおおまかな傾向を見る」ことに向いていないような気がしてきた。

 ブログの最近の記事に偏りが感じられるのも、全体のおおまかな傾向を見ていないせいなのかもしれない。新しいものをバランスよく取り入れていくのは何かと難しいようである。私なりにいろいろと工夫していくしかなさそうだ。

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2011年6月20日 (月)

季節感も大事

 前回記事を書いてから、ちょっと内容を変えてみようと思いながら、少しでもパソコンやインターネットから離れられれば、などと考えていた。しかし、結局は仕事で毎日何らかの形でパソコンを使わざるを得ない。さらに、こんなときに限って、土曜日までにやらなければならない仕事がいくつも重なってしまったりする。

 そのような感じで忙しい1週間が終わって、やっと昨日の日曜日に空き時間ができた。ただ、結局ITとは関係のないネタが思いつかなかったので、これも似たようなパターンだが近所を散歩してみることにした。

 先月のゴールデンウィークの休み以来、1ヶ月半ぶりに川の方へ行ってみた。5月に行ったときには、花がいろいろと咲いていたが、それらの花はすでになく、梅雨時の今はアジサイの季節。ということで、2枚ほど写真を撮ってきた。

Azisai_1

Azisai_2

 ただ、昨日は雨は降っていなかったが、雨の多いこの季節は鴨もどこかで休んでいるのか、お目にかかることはできなかった。後は、5月とは異なり雑草も多く、緑一色。いつの間にか季節が変わってしまったことを実感した。

 帰ってきてから、これまでのブログを少し読み返してみた。4月までは、特に意識していた訳ではなかったが、その時期・その季節に合わせて記事をいろいろと書いていたような気がするが、5月からのものは季節感があまり感じられない。

 確かに、いろいろとリフレッシュして、新しいものに夢中になっていたこともあるだろうが、インターネットや携帯端末から得られる情報にも季節に応じたものもあり、そういう記事や写真も見ていたはずである。

 しかし、それだけでは季節の変化を感じることはできなかった。私は、昨日散歩をして初めてそのことに気がついたようだ。百聞は一見にしかず、というが、まさにその通りである。

 せっかく新しいものにも慣れてきたところだが、何事もバランスが重要。ブログの内容が偏ってしまった原因の一つは、「季節感のなさ」だったのかもしれない。季節感も大事にしながら、新しいものをバランスよく吸収するにはどうしたらいいのか、これからいろいろと考えてみることにしよう。

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追加:

今日、車で信号待ちのときにふと見たら、虹が出ていたので、写真を撮ってみました。

Niji

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2011年6月16日 (木)

ネットの情報に思うこと

 前回も触れたが、最近ブログのネタは、数学と偶然であった懐かしい人の話がちょっとある以外は、IT関連の話がばかりになっているのが少し気になっている。

 前回書いた写真共有(ウェブアルバム)「Picasa」の話では新しいことを覚える必要もなく簡単に済んでしまいそう、と書いた。そんな話の流れの中で、ある方から「最近はネットサーフィン三昧でしょうか」と聞かれたりもした。

 確かに、先月新しいMacとiPod touchを手に入れて以来、ネットサーフィン三昧とまでは行かなくとも、これまであまり見ていなかった最新の情報をネットで見る機会が非常に多くなった。

 そんなこともあって、「ブログに何を書こうか」と考えると、結局ネットで見たものやパソコン・携帯端末などの情報が自然と浮かんでしまう。そして、また今回も似たようなネタになりそうな気がしているが、ちょっとだけ方向を変えてみようと思ってみた。

 私は、コンピュータ自体は20年以上も前から使っているのだが、携帯電話を持ち始めたのは去年から、という少し変わった(少しひねくれた?)IT歴を持っているので、コンピュータ自体のことはそれなりの知識は持っているが、ネット環境に関することはあまりよくわかっていない。

 そんなこともあって、最近(私にとって)目新しい携帯端末やネット環境に関する情報を見る機会が非常に増えたのだが、そこで少し気になったことがある。

 例えば、書店に並んでいる本。最近、ネット上で見る機会が多くなった「スマートフォン」や「クラウド・コンピューティング」といったことについて調べみたいと思って、私は(若者ではないためか)暇なときに書店へ足を運んでいる。

 しかし、並んでいる本は初心者向けの本ばかり。カラフルで、実際の画面を見せながら間違えのないように丁寧に使い方が書いてあるが、それ以上のことが書いてある本は見つからない。携帯やインターネットにずっと前から親しんでいる人にとっては当たり前のことなのかもしれないが、私にとっては、ちょっとしたカルチャーショックであった。

 確かに、以前から初心者向けの本はあったが、同時にもう少し詳しくいろいろなことが書いてある本もあったと思う。ようするに、他にも「中級者向けの本」が以前はもっとあった気がするのだが、そのような本がほとんど見当たらないようである。プログラムやアプリ製作者、ネットワーク管理者など「上級者向け」の分厚い本は相変わらずあるようだが、その間を埋めてくれるような情報が書店にはほとんどない。

 最近では、とりあえず初心者から抜け出して「中級者」になった人は、ネットや携帯から容易に情報が取り出せるので本が必要なくなった、ということなのかもしれない。それに、インターネット上に「中級者向け」の情報がかなり蓄積されている、ということもあるだろう。

 ただ、本当にインターネットは初心者を抜け出した「中級者向け」の情報を十分に提供できているのだろうか。私は、この1ヶ月間「何か足りない情報があるのでは」と思いながら、時間があれば書店やインターネットで情報を確認するようになってしまった。

 本は、とりあえず一冊で完結している。私はそういうものから情報を得ることに慣れているからか、ネット上の情報は何とも中途半端な気がしてならない。それが原因かどうかはわからないが、例えば前回書いたように後から気がつくことが出てきてしまい、愚痴っぽくなってしまう。

 まだ、私は最近になってこの手の情報に触れるようになったばかりだから、そう思うだけなのかもしれない。ただ、この「中途半端さ」というのもちょっとしたストレスの原因になりそうな気もしている。

 私が最近ネットで情報を確認する機会が増えた理由は、新しいものを手に入れたから、ということだけではない可能性がある。今回も、結局ITに関係しているネタで書いてしまったが、ストレスをためないように、次はちょっと離れて違うことを書いてみた方がいいかもしれない。

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2011年6月12日 (日)

googleの大きなお世話

 皆の思い出の写真をインターネットで共有したい。しかし、私はコンピュータの知識はそれなりに勉強しているのだが、インターネット上のサービスはあまり利用したことはなく、写真共有もやったことはない。

 そんな話がきっかけで、とりあえず「Picasa」を試してみよう、ということになった。試しに使ってみると、Macから使うのは実に簡単で、「Mac Uploader」をインストールすれば、Mac OS Xに標準でついてくる「iPhoto」から写真をすぐにアップロードできるようになる。ということで、これまでに使っていたソフトだけで済んでしまって、新しいことを覚える必要がまったくなかった。

 ただ、私の個人的な主義もあって、写真共有とは別のことで少々気になることが出てきてしまった。最近ブログに書いている話題は、ITに関する話題に偏っているのがちょっと気になっているのだが、今回も話の流れで結局ITに関する話題を書くことにした。

 実は、写真共有の話で「Picasa」のことを最初に聞いたときには、恥ずかしながら何も知識がなかったので、ネットで検索してみた。すると、「Picasa ウェブ アルバム: Googleで無料で写真を共有」という項目がすぐに出てきたのだが、「PicasaってGoogleのサービスだったんだ」と確認したところで一つ気がついた。

 先月書いた記事の中で、一度GoogleのPicasaについて触れていた。このときには「Picasa」が何のことだかわからなかったのと、特に記事の内容に直接関係はなかったので、調べもせずに書いてしまったのだが、今回のことで写真共有のためのものだとわかって、一つ勉強になった。

 ということで、先月書いた記事の内容も気になるところだが、今回はそのことには触れないことにして、とりあえず使ってみることにした。Googleアカウントでログインすると、最初に次のようなページが現れた。

Google_picasa

このときは、何も気にせずに私の名前(「ANADA」「Koichi」)を入力してPicasaを試しに使ってみた。簡単で、すぐにでも使えそうだったので気に入ったのだが、しばらく使っていたら、Picasaとは直接関係のないことで、気になることが出てきた。

 調べてみると、「PicasaウェブアルバムとGoogleプロフィールの統合」という話があるようで、知らないうちに勝手に私の「Googleプロフィール」が作成されていた。

 「本名でブログも書いているんだから、今更そんなことどうでもいいではないか」と思う方もいるかもしれないが、個人的な主義もあって、私は本名は載せてもプロフィール欄はブログでもtwitterのアカウントでも空欄にしてある。ついでに書くとfacebookやmixiといったSNSもいっさい使っていないので、インターネット上でプロフィール欄に何かを書いたことはない。理由は、かなり前の記事でちょっとだけ触れたが、何となく抱いている情報発信への抵抗感がまだ消えていない、ということである。

 Googleのページをみると、「プロフィールをGoogleの検索で見つけて、そこからPicasaにアクセスすれば、共有した写真が見つけやすい」ということが、PicasaとGoogleプロフィールを連動させる趣旨であるようだ。確かに、写真そのものはGoogleの検索で見つけることはできないので、趣旨としては悪くはないと思う。

 ただ、だからといって自動的にプロフィールを作成してしまう、という点がちょっと気になる。さらにデフォルトでは「検索結果を公開する」という設定になっている。何となく「大きなお世話」という感じがする。もし、「写真共有は特定の人だけなので、プロフィールは他の人に安易にアクセスされないようにしたい」ということであれば次のように設定を変える必要がある。

Google_prof

 Googleで検索されなくても、「特定の人がよく知っているページにリンクを貼っておく」などという工夫をすれば写真を見つけるのは容易になるし、手段は他にもいろいろとある。さらに、問題なのは「Picasaウェブアルバムへようこそ」のページを見るとわかるが、Picasaに最初に入って名前を入力したところに「プロフィールが作成される」とはまったく書いていないところだろう。

 このことを理解してから、もう一度最初のページを読み返すと「お客様についての追加情報を数点お知らせいただく必要があります。」というところが「Googleプロフィールを利用する」という趣旨で、後半の「別のGoogleアカウントの...」の文章が「プロフィールを勝手に使われるのがいやなら、別のアカウントにしろ」と書いてあるようにもみえなくもないが、本当にそういう意味なのかどうか定かではない。

 そもそも、もし写真を検索できないことが検索エンジンの欠点で、それを補うためにやっているのであれば、そのことをきちんと書くべきだし、その解決方法の一つとして「プロフィールを作成して検索で引っかかるようにする」ということを選択することができるようにする、という形の方が親切だと思う。

 また、このPicasaはあくまでも写真共有が目的なので、安易にfacebookやmixiなどのようなSNSの真似をせずに、何かGoogleらしいインターネットの情報共有の方法を提案してほしい、と感じたのは私だけだろうか。

 今回はGoogleの姿勢について気になったことを書いてみた。しかし、「Picasa」自体は簡単で使いやすく不満はないので、「別に検索で引っかからなくとも、皆がよく知っていてアクセスできるページにリンクを貼ればいい」ということであれば悪くないと思っている。ただ、他にも「無料で1GB以内」というのが少々手狭な感じがあったりなど、(Picasaはいいのだが)Googleの写真共有への対応が今イチなところがあるようなので、もう少し他のものと比較してみることにしたい。

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2011年6月 8日 (水)

パケット代節約の取組

 先月から、携帯電話のパケット代を何とか節約できないかといろいろと考えている。メールや、私自身にとって役に立っていると思っているものは当然必要なのだが、無駄なものはやっぱり減らす努力をするべきである。

 私はdocomoの携帯なのだが、docomoのパケット通信料金の概算が載っているページがある。2011年6月1日現在のデータによると、例えばメール受信とメール送信はテキストのみの場合「全角250文字 約2円」。一方、デコメールなどを利用してしまうと「全角100文字+デコメールピクチャ(5Kバイト) 約7円」と書いてある。

 これを見ると、デコメールだと半分以下の文字数でパケット代は3倍以上。私にはデコメールなどで飾ってやりとりをするような相手もいないので、メールはテキストで十分である。このように、ある程度の知識を身につけて自分にあった使い方をすれば、無駄な通信はかなり減らせると思う。

 他には、電車の乗換案内でトップページを表示した場合は「約14円」。検索結果の表示にもさらにパケット代がかかるが、必要なときにはこの程度は仕方がないかもしれない。一方、地図を見ようとすると、同じくトップページ表示で「約294円」もかかってしまう。本当に道に迷ったとき以外にも、つい地図を表示してしまうことがよくあったので、注意した方がいいかもしれない。

 パケット代の節約と言っても、携帯電話をまったく利用しないのでは意味はない。そう思いながら、私はdocomoの「iコンシェル(月額:税込210円)」で情報料が無料の気象情報や交通情報などのインフォメーション受信は、結構気に入っていて利用している。ただ、意味もなく有料のインフォメーションや詳細な情報へアクセスするとパケット代がかかってしまうので、きちんとチェックしながら慎重に利用するよう心がけている。

 また、これには、データお預かりサービスというデータのバックアップサービスが勝手についてくる。これはパケット代が結構かかってしまうものなのだが、最近、データお預かりの設定を「自動更新を行わない」に変えたら勝手に通信しなくなることに気がついた。そのかわり、電話帳などの重要なデータは自分でバックアップをマメにとる癖をつけようと努力している。

 とりあえず私がパケット通信でよく使うものはメールとiコンシェルのサービスの2つであるが、これらの節約に加えて、無駄に携帯を使わずに過ごすようにすることが重要となる。例えば、家にいるときに面倒くさがって携帯(i-mode)で情報をチェックしてしまう、ということは一切やめた。といっても、家の無線LANと先月手に入れたiPod touch(WiFi)が使えるので、こちらの方は何も支障はない。(WiFiが使えるスマートフォンでも同じだと思います。)

 ここまでやっても、結局パケホーダイの上限を超えてしまうようなら仕方がないのだが、実際には、普段と変わりない生活をしていれば、メール以外の大抵の情報は家などで確認をすれば済んでしまうものが多い。外出前に情報を確認してから家を出るようにすれば、外出しても通話とメール以外にほとんど使わなくても、それほど困らないこともわかってきた。

 実際、家の玄関を出た直後、歩きながら携帯を開いて情報をチェックする、ということをこれまでよくやっていたが、実に無駄であった。最近は、玄関を出る前の家の無線LANが届く範囲のところでチェックするようになったので、ここでもかなり節約できていると期待している。

 さらには、何でもかんでも携帯にメールを転送しないように「docomoのwebメール」のサービスを使ってみたり、公衆無線LANを申し込んでみたりしている。webメールの方は無料だが、公衆無線LANは有料となる。とりあえず、数ヶ月使ってみて、公衆無線LANの月額よりもパケット代が減るようならいいと思っているが、まだ結果が見えていないので、効果があるようなら後日ブログに書いてみようと思っている。

 いろいろと面倒なこともあるが、何も知らずに携帯電話の業者にお金をとられるのも納得がいかない。そう思いながら、先月からこんな感じでパケット代節約に結構楽しみながら取り組んでいる。

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2011年6月 4日 (土)

「新しいもの」の一面

 先月、気分をちょっとリフレッシュして再スタート、ということで、これまで愛用していたパソコンを買いかえたり、新たにiPod touchを購入したり、先月にブログで紹介した通り、いろいろと新しいものを手に入れてみた。

 こうやって、ちょっと新しいものを使い始めたときには、何となく「生活の環境も少しは新しくなるのかな」などと漠然と考えていた。確かに、これまでとはちょっと違った行動パターンも出てきたことで、少しは環境が変わったところもあるかもしれない。

 しかし、それだけでなく、別の方向で変わったことがあった。先月から1ヶ月ちょっとの間、実は、最近会っていない人に久しぶりに出会う機会が実に多かった。それも、街で歩いていて偶然であったり、アポイントなしに私を訪ねてきたり、などなど、その全てが偶然が重なった結果の出会いだった。

 その一つは以前ブログでも紹介したが、他にも数年ぶりに会った人も何人もいて、こんな偶然が1ヶ月の間に重なる確率は非常に低いに違いない。中でも、10年以上も会っていなかった知り合いに偶然コーヒーショップで会ったときには、本当に驚いた。

 そこは、これまで一度も入ったことがないところだったが、先月新たに申し込んだ公衆無線LANの回線が利用できる店だったので、そこでiPod touchからインターネットが使えるかどうか試してみようと思って入ってみたコーヒーショップでの出来事であった。

 新しいものを手に入れて、いつもとはちょっと違うパターンで行動した結果、懐かしい人に偶然出会う。何とも不思議な出来事であった。出会った知り合いの方も、いつもはいないのだが、その日は空いている時間にたまたま通りかかったので店に入ったようで、こんな偶然が起こる確率はかなり低いに違いない。

 また、昨日も4年前に卒業した私の教え子が仕事の関係で訪ねてきたが、話をすると元気に充実した生活を送っていることが伝わってきて、こちらも少し得した気分になってくる。

 そんなことがあった昨日も含め、この1ヶ月を振り返って、ふと思ったことがある。「新しいもの」を、といっても、それで世の中がガラッと変わる訳ではない。「新しいもの」を一つ積み重ねることで、これまでの経験や積み上げてきたものなどが見えてくる。これも、「新しいもの」の一面だと考えることができるのではなかろうか。

 そんなことを考えながら、久しぶりに会った人たちとの出会いを大切にして、「新しいもの」を少しずつ積み重ねられるように努めていくことにしよう。

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