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2011年2月

2011年2月26日 (土)

春への準備

 春夏秋冬というように、四季の中でも「春」は1年の最初の季節という意識を持っている人が多いと思う。また、英語の「spring」には「春」の他にも「泉」「バネ」といった、「何かが湧き出す所」「伸びる・飛躍する」というものを連想させる意味も含まれている。こんなところにも「春」に何かを期待をする気持ちが表れているのかもしれない。

 ところで、今回「春」について書いてみようと思った理由は単純で、2月25日東京では気温20度以上で春一番が吹いた、というニュースを見たからである。またすぐに寒くなるようだが、そろそろ春にいいスタートが切れるように準備をしておいた方がいい時期になってきた。

 しかし、急に「春」になると言われても、気持ちの方はまだ冬で、先日まで雪や寒さの対策を考えていた気分が抜けていない。それに準備といっても、今の時期には「春」に起こることがあまり明確になっていない部分が多いのが難点である。

 例えば、学校では4月から新学期がスタートすることになっていたり、職場でも人の入れ替えや仕事内容の変化など、いろいろと考えられるが、そのとき何が起こるかといったことは、実際にスタートしてみなければわからないことが多い。

 ただ、それでも想定できることが無い訳ではない。そう思って1月に紹介した「失敗百選」を見てみると、2002年4月に起った「みずほ銀行勘定系システム障害」の話が目についた。この原因はいろいろと考えられるが、結局「初動の意思決定が二転三転したうえに、1年中で最も忙しい4月はじめに始動させようとして、最終検査する余裕がなくなった(失敗百選 p.309)」ということのようである。

 個人のことを考えても、特に4月初旬の新しい環境に変わったばかりの時には、環境に慣れるための時間や、想定外のことへ対処するための時間的余裕などが必要となる可能性がある。そういったことをまったく考慮せずに「春」に何かを試みても、うまくいかないことが多いように思う。

 時間的余裕と言えば、私の個人的な話だが、元旦の記事に「仕事でやるべきことは、遅くとも締切の3日前には終わりにする」と書いた。そこで、今年はカレンダーには締切の3日前にやるべきことを付箋に書いて貼ることにしている。この「3日前」という設定が私には合っていたのか、今のところ無理なく仕事をこなしていると思っていて、加えてブログ更新などを含めたゆとりも持つことができている。

 私にとっては、このペースを保つことが「春への準備」ということになると思う。それでも、これまでの2ヶ月とまったく同じでいいかどうかは、よくわからない。これからさらに、新たに何かを始めるのにふさわしい時期など、いろいろと春へ向けて検討してみることにしよう。

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2011年2月22日 (火)

今回は無難に完走

 2月の第3日曜日に青梅マラソンがあった。距離は30km。毎年申し込んでいるが、昨年は別に予定が入りキャンセルしたため、今年は2年ぶりの参加である。ということで、今回は参加報告でも書いてみることにした。

 ここ2〜3週間、長い距離をあまり走っていなかったため、30kmという距離に多少の不安はあったが、行けば何とかなるだろう、という気持ちでいつものようにスタートラインへ向かった。私がスタートする地点はこんな感じである。

Ome_start

 実際のスタートラインまでには、私の前に約1万人。参加者は約1万5千人なので、私の後ろにも約5千人の人がいる。いつものことだが、数百メートル先のスタートは全く見えない。スタートラインまで行くのも一苦労、という感じだが、これくらい後ろになると皆動じることなく前が動き出すのを待っている。

 私はこのスタートの雰囲気が結構気に入っていて、こういう中にいると「まあ、焦らずにマイペースで完走目指して走ることにしよう」という気分になってくる。

 コースは、アップダウンはあるものの、前半15kmは基本的に登りで、折り返した後半は同じ道を下ってくる。さらに、前半はスタートまでにたどり着くまでの時間(約5〜6分程度?)も加わるためか、私は前半よりも後半の方がかかる時間が短い。

 時計を持たずに走る私が何故時間がわかるかというと、最近の青梅マラソンは途中15km以降、5kmごとに全員の個人記録を計測しているからである。記録の確認は走り終わった後になるが、私の記録は次の通りだった。ちなみに、()内は一昨年(2009年)の記録である。
 2011年記録 (2009年記録)
15km 1:38:07 (1:43:11)
20km 2:05:33 (2:14:23)
25km 2:34:33 (2:42:11)
30km 3:01:59 (3:08:12)

 今年の天気は曇りで、暑くもなく寒くもなく走るのにちょうどいい気候だった分だけ一昨年よりも少し速くなったのだと思うが、30kmで3時間ほど、ということで今年もいつも通りのほどほどのペースである。

 実のところ、この青梅マラソンには、昨年は別に予定が入りキャンセル、3年前(2008年)は雪で中止、4年前(2007年)は急性のウィルス性胃腸炎にかかってしまいキャンセルという感じで、ここ数年(一昨年以外は)走れていなかったので、無難に完走できてホッとしている。

 これから、段々と暖かくなってくる。今年は無難に完走できたので、春に良いスタートがきれるように、ほどほどのペースで備えることにしよう。

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2011年2月18日 (金)

ほどほどのペース

 先日、関東でも雪が降った。大きな混乱はほとんどなく、今は家に周辺もまったく雪は見あたらない。ただ、雪が降った日や翌日の朝は、雪になれていないこともあり車の運転も不安であった。

 そんな雪の降る中、仕事帰りに何人かジョギングをしている方々を見かけた。こんなときは決まって宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」の話をちょっと思い出す。ちょうど今はマラソンのシーズンだということもあるかもしれないが、普通の人には中々真似のできないことだと思う。

 こんなことを書いてみたが、実のところ私自身は、天気が悪くない時に走ればいい、と気楽に考えていて、雨や雪などの時はジョギングをしていない。目的が健康維持(運動不足解消)なので、トレーニングをするように毎日走らなくてもいいのではないか、という感じである。

 しかし、1月末にインフルエンザになったときのように何日もほとんど動かないでいると、次に走るのが少々きつい。気長に続けていこうと思っていても、こういうときには途中でやめない程度のほどほどの無理をする必要がでてくる。

 ブログにも以前書いたが、私の走るペースは大体10kmを60分程度である。慣れてしまったからかもしれないが、悪天候や体調不良などで何日も走っていなくても、このペースなら少々無理をすればなんとかなっている。しかし、これより速いペースは私にとっては駄目なようである。

 もう7〜8年も前の話になるが、必要以上の無理をしてしまって、走っている途中で足がつったことも何度もあったし、ひどい時には膝を痛めて歩くのもきつくなったときもあった。

 そんなこともあって、ある時からこの10kmを60分程度、というペースを維持するようになったのだが、それ以後こういった怪我は一切していない。このような「ほどほどのペース」があるから、気楽にジョギングを続けることができているのだろう。

 そういえば、今年に入ってブログも4日ごとの更新が続いている。去年は、2日ごと、というペースに無理が生じて記事にも書いたが、今年のペースは今のところ忙しい時でも維持できている。これも私にとっての「ほどほどのペース」なのかもしれない。

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2011年2月14日 (月)

朝起きる「習慣」

 連休や長期休暇などの際、生活リズムが崩れることがよくある。また、朝きまった時刻に目を覚ますようにしておかないと、休み明けが少々つらい。こういうことは、誰でも感じていることだと思う。

 このような人間の生活リズムについて、結構前から科学的な研究が進んでいて、ちょっと調べただけでそれなりの知識が得られる。どれも同じようなことが書いてある割には引用元がどこなのかよくわからないのが難点だが、次のことは一般によく知られていることのようである。

  • 人間の体にはリズムを司る体内時計がそなわっている(約25時間周期)
  • その主となるものは目の神経と関係があり、「朝」の太陽光でリズムを調整して24時間周期に合わせる
  • 肝臓や皮膚などは、光ではなく食事の時間(特に朝食)でリズムを調整する体内時計を持っている

 朝きちんと活動することが生活リズムの維持に重要であることは、これを見ただけでもよくわかる。しかし、体内時計が約25時間周期でちょっとずれているのがくせものである。また、「朝」の太陽光や食事の時間で調整することができると言っているが、人間は機械ではないので、スイッチを押すように切り替わる訳ではない。

 では、どうすればよいのか。こういうときに「朝起きる習慣をつける」と言うことが多いと思う。間違ってはいないだろうが、私には少し違和感がある。例えば、広辞苑で「習慣」の意味を調べると、「日常の決まりきった行い」「少ない努力で反復できる行動様式」などと書いてある。意味はわかるのだが、何だか他人事のようにあっさりした言葉に感じてしまうのは私だけだろうか。

 実際、私自身、朝きまった時刻に起きるようにするために日ごろから多くの努力が必要だと考えているし、そもそも「約25時間周期の体内時計を毎日24時間周期に調整すること」を少ない努力で反復できるような日常の決まりきった行動様式にできるとは思えない。

 こういうときには、いろいろと悩むより、前回の記事と同じように英語にしてみるといいかもしれない。例えば「practice」という単語。これを日本語にすると、「習慣」「練習」「実行」などの言葉が現れる。この言葉を使って「朝起きる練習をする」「朝起きることを実行する」などと言いかえてみる。こうしてみると、生活リズムを調整するために何をすべきかはっきりしてくると思う。

 良い生活リズムで毎日過ごすことを、広辞苑に書いてあるような「習慣」にするのではなく、「practice」にすることが重要だろう。そういう意味で、日ごろからの「practice」を大切にしていくことにしよう。

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2011年2月10日 (木)

学習って何?

 「学習」というと何を連想するだろうか。高校生までの人は「授業」「宿題」や「受験勉強」などが挙がるかもしれない。では、大学生やそれ以上の大人ならどうか。ちょっと考えてみたが、一言で表せる言葉が思い浮かばなかったので、少し調べてみることにした。

 今手元にある辞書を見ると、広辞苑(第五版)の「学習」の意味は

  • まなびならうこと
  • 過去の経験の上に立って、新しい知識や技術を習得すること
  • 行動が経験によって多少とも持続的に変容を示すこと

などとある。ついでに「習う」も調べてみたら次のように書いてあった。

  • 繰り返し修め行う
  • 教えられて自分の身につける

他にも、例えば、英英辞典(OXFORD Advanced Learner's Dictionary)の「learn」を見ると

  • to gain knowledge or skill by study, experience or being taught

で、日本語の「学習」「習う」の意味とほぼ同じである。

 これらを見ると、「経験 (experience)」という言葉が重要なキーワードになっているようである。そこで「experience」の意味もさっきの英英辞典で調べてみると

  • the process of gaining knowledge or skill over a period of time through seeing and doing things rather than through studying

というように、「learn」の意味を補完する内容となっている。(ちなみに、広辞苑でも「経験」を調べましたが、私のような理系人間にはちょっとわかりにくい表現で、この言葉を重く考えすぎているような気がしたのであえて引用しません。)

 英英辞典に書いてある「learn」にあるように、「勉強や研究(study)」「経験(experience)」「教わる(being taught)」ということで知識や技能を得ていくことが「学習」の意味としてふさわしいようである。

 こうしてみると、大学生やそれ以上の大人の人が「学習」という言葉から連想するべき事柄が見えてきた。というより、私自身、辞書にこれだけはっきり書いてあるのに、今まで「経験」という言葉を連想できなかったことを反省するべきかもしれない。

 また、人から「教わる」ことだけでなく、自ら「勉強」あるいは「経験」して、初めて「学習」したことになる、ということを再認識できた。私もまだまだ分からないことがたくさんあるので、いろいろと「学習」をしていくよう心がけることにしよう。

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2011年2月 6日 (日)

近所をのんびり

 先週は体調は取り戻したのだが、ちょっと激しく走ったりすると少々息切れをしたりして、インフルエンザの影響が多少残っていたようだった。そんなこともあって、今日は休日なのだが、ジョギングでは無理をせずに、近所をのんびり走ることにした。

 近所に小さな川が流れていて、最近遊歩道が整備されてちょっと気になっていたこともあり、そこに行ってみた。といっても、私の住んでいるところは典型的な東京の郊外で、この小さな川も10年くらい前までは生活排水などで汚染されて匂いも非常にひどかったそうだ。

 その川で、今から5、6年ほど前からテレビ番組と地元の住民共同の再生プロジェクトが始まって、苦労しながら水質浄化に取り組んでいることがたびたびテレビでも話題になっていた。私がここに引っ越してきた1年半ほど前は、その取り組みの成果が徐々に形になりつつあった時期で、この川全体の再生のための集中工事をしている最中だった。

 普段通勤や買い物などをする道とは反対側だったので、しばらく行ってなかったが、近所をのんびり、ということで今日は整備されたその遊歩道をのんびり走ることにした。遊歩道に着いてすぐに、鴨の群れをたくさん見かけた。最近は、都会でも見られるようなのでそれほど珍しくないかもしれないが、ちょっと携帯のカメラで撮ってみた。

Kamo

 正直なところ、水質浄化が進んだといっても清流になる訳ではないだろうし、それほど期待はしていなかった。だが、苦労した成果は出ているようで、水質浄化の取り組みと自治体の集中工事でこれくらいの成果をあげることができるのか、と改めて感心した。

 単純な水質浄化だけでなく、川の周りに石や芝を植えて自然に近い川の流れを作る工事も含めると、この程度の小さな川でもかなりの予算が必要だろうから、どこの川でも同じようにできる訳ではないと思う。テレビ番組で大々的に水質浄化プロジェクトが行われたこの川は本当にラッキーであった。

 自然が帰ってきた訳でないが、この郊外の典型的な住宅密集地でも野鳥が飛んでくるようで、望遠レンズ付きカメラで撮影している方々も何人もいた。そうやって、近所の皆さんも再生した川でいろいろと楽しんでいるようである。

 近所でのんびり走る、ということで本当にのんびりジョギングをした感じである。距離もそれほど長くなかったこともあるが、周りを見ながら息切れせずに気分よく走ることができた。今日はリフレッシュできたので、これから体力回復に努めていくことにしよう。

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2011年2月 2日 (水)

集中するニュース

 先週、最近また流行りだした「インフルエンザ」にかかってしまった。今はすでに治っているが、仕事が滞ったり、約束事をキャンセルしたりなど、いろいろな方々にご迷惑をおかけしてしまった。(申し訳ありませんでした。)

 熱が一時は38.3度くらいまで上昇したが、それほど重くはなかったようで、薬と休養でその夜中には程なく下がり、解熱後2日間休んで仕事に復帰した。熱が38度以上になる、なんてことはいつ以来だろうか?まったく思い出せない。こんなことは、それくらい久しぶりなことであった。

 ところで、その間、インフルエンザの影響でだるさや頭痛などもあり横になっていた訳だが、昼にテレビや新聞でニュースなどをゆっくり見ることができた。先週は、新しい話題が目白押しで、その中でも

  • facebookの情報から広がったアラブ諸国のデモ
  • 霧島連山・新燃岳の爆発的噴火
  • 鳥インフルエンザ
  • サッカー・アジアカップ

が大きな話題だった。また、これ以外にも私はまったく興味がないのだが、芸能ネタ(芸能人の離婚問題)も大きく採り上げられていたと思う。そんな中で、唯一NHKだけは、

  • 菅総理の施政方針演説や各党の代表質問など(国会中継)

をずっと放映していた。

 本当は、今年の国会や民主党政権がどうなるのか、という点は今非常に重要だと思うのだが、同時期にインパクトのある新しい話題が4つ(芸能ネタを合わせれば5つ)も重なってしまい、国会の話題が影に隠れてしまった感がある。

 気のせいかもしれないが、こうやって話題が集中するときは、何となく重要な事がうやむやになっていく傾向があるような気がする。実際のテレビや新聞などの報道でも、全ての話題をまんべんなく伝えているといった感じで、何が重要なのかという点がよくわからなくなっている。

 こうなったら、自分自身で多くの情報から重要な点を取り出す能力を鍛えるしかなさそうだ。病み上がりで少々疲れ気味だが、ぼちぼち気を抜かずにやっていくことにしよう。

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